14 お妃様、憔悴する
「医師の見立てでは、刺された際の傷はほとんどかすり傷程度だったそうです。ショックで気絶しただけなら、すぐに目を覚ましても良さそうなのですが……」
一心に王子の手を握りながら、私はコンラートさんの言葉に唇を噛みしめた。
王子が、私を庇ってセオドラ王女に刺されてしまった。
お医者様のもとに王子を運び一晩が経ち、もうすぐ朝がやって来る。
それでも、王子はいっこうに目覚めなかった。
「妃殿下、王子を心配されるお気持ちもわかりますが……そろそろお休みになられてください。あなたまで倒れられたら、我々は立つ瀬がありません」
コンラートさんは優しく諭してくれたけど、私は首を横に振って拒否した。
「ごめんなさい。今は王子に付いていたいんです……」
私がいたところでどうにもならないのはわかっているけど、今はとにかく傍を離れたくなかった。
何度も何度も「王子が目覚めますように」と祈っても、彼が目を開けることはない。
私の魔法なんてしょせんその程度なのだ。こんな時に役に立たないなんて……!
握り締めた王子の指先は、まるで氷のように冷たい。
もしかしたらこのまま目覚めないのでは……なんて考えてしまい、また涙が出そうになってしまう。
ぐっと拳に力を入れ泣きそうになるのを耐えていると、部屋の扉が叩かれる音がする。
コンラートさんが対応し、入って来たのは珍しく神妙な顔をしたゴードン卿だった。
「妃殿下、念のため現状報告を。セオドラ王女は拘束され取り調べを受けていますが、訳の分からないことばかり口走って話にならないそうです」
「そう……」
ゴードン卿の報告にも、なんの感慨も湧いてこなかった。
セオドラ王女がどうなろうと……言い方は悪いけどどうでもいい。
今はとにかく、王子が目覚めてくれればなんでもよかった。
「それと、手がかりになるかはわかりませんが……セオドラ王女が所持していた指輪を持ってきました」
ゴードン卿が拳を開くと、そこには淡い青の指輪が転がっていた。
「あの時、凶器となったナイフは突然セオドラ王女の手に現れ、後から探しても破片の一つも見つからなかった。……おそらく、魔術的な一品だったのではないかと」
「一瞬でしたが、指輪が光ったようにも見えました。この指輪がナイフを生み出す術具だったのではないでしょうか……」
ダンフォース卿の言葉に、私ははっとした。
あの時、ナイフは深々と王子の胸に刺さっていたように見えた。
それなのに、傷はほとんどなく血もでていない。
ということは、まさか……王子が目覚めないのは何らかの魔法のせい?
「見せて、もらえるかしら……」
震える声でそう頼むと、ゴードン卿が指輪を渡してくれた。
一見普通の、それもそこまで高価な物ではないように見えるけど……確かに、冷たく繊細な魔力を感じる。
もしかしたらこの指輪から呼び出されたナイフに、相手を呪うような作用があったのかもしれない。
「だったら、この指輪を作った魔術師を探さなきゃ……!」
呪いを解く一番簡単な方法は、呪いの発生源である魔術師に解呪してもらうことだ。
私の力で呪いが解ければよかったんだけど、それが無理ならこの指輪を、呪いを作り出した者を探すしかない。
「すぐにセオドラ王女の侍女をあたって、この指輪の入手経路を洗って」
「承知いたしました」
私の命を受けて、ゴードン卿はすぐに部屋を出て行った。
それでも、私の不安は消えなかった。
もしも、指輪の入手先がわからなかったら? 他国から持ち込まれた物かもしれないし、そうなったら作り手である魔術師を探すことは難しいかもしれない。
そうなったら、王子は……。
「……もし、お妃様」
その時、急に声をかけられ……私ははっと現実に引き戻される。
慌てて声の方へ振り向くと、この城の医師のもとで働いている一人のおばあさんが立っていた。
彼女は懸命に王子を救おうとするお医者様を手伝い、私たちのことも気にかけ、辛抱強く励ましてくれた。
いくら憔悴しているといっても、一国の王太子妃としてみっともない姿は見せられない。
私は立ち上がり、深々と頭を下げた。