12 思わぬ訪問者
セオドラ王女と共にバルコニーへと出ると、一気に冬の冷たい風が吹き付ける。
俺よりもずっと薄着のセオドラ王女などはよほど寒さを感じているはずだが……。
それでも彼女は、熱っぽい瞳で俺を見つめている。
「アレクシス王子殿下、私……決して王子の一番の女になりたいなどとは申しません。ですから……わたくしを側妃として娶ってくださいませ!」
一息にそう言うと、セオドラ王女は力いっぱいしがみついてきた。
俺はため息をついて、冷静に彼女の体を引き離し、距離を取る。
「……悪いが、断らせてもらう。俺は側妃を迎えるつもりは一切ない」
「そんな、どうしてっ……!」
「俺にはアデリーナがいればいい。例え名目だけだろうと、側妃を娶り、アデリーナを傷つけるような真似はできない」
はっきりとそう宣言すると、セオドラ王女は愕然とした表情を浮かべた。
「……アデリーナ妃のどこにそんな魅力があるというのですか!? あんな、たいした家柄でもない地味な女に――」
「口を慎め、セオドラ王女。それ以上我が妃を侮辱すれば、両国の国交に亀裂が入るというのをわかっているのか?」
「っ……!」
冷ややかにそう告げると、セオドラ王女は悔しそうに唇を噛みしめ……俺を押しのけるようにしてバルコニーから出て行った。
……少しきつい言い方になってしまったが、これで彼女も俺にその気がないことはわかっただろう。
しかし、アデリーナを侮辱するような言葉はいただけない。
残りの滞在期間中、アデリーナとセオドラ王女を出来る限り近づけないようにしなければ。
「はぁ、疲れました……」
無事に舞踏会を終え、部屋に帰り着くやいなや……アデリーナはぐったりとソファに崩れ落ちた。
「君の評判も上々だった。さすがだな、アデリーナ」
「いいえ、物珍しさで構われていただけですよ」
アデリーナはそんな風に謙遜しているが、舞踏会の場で彼女が大人気だったのは確かだ。
誰にでも好印象を与える柔らかな雰囲気に穏やかな物腰。それなのに話してみると、その博識さに皆驚いていた。
少々俺がハラハラしてしまうほどに、今宵のアデリーナの周囲は人が絶えなかった。
もっと自分に自信を持てばいいものを……と思うのと同時に、彼女のその謙虚なところが愛らしいのだと思いなおす。
彼女の姉――ヒルダ嬢のように自信満々の傲慢な性格のアデリーナは……あまり見たくないな。
そんなことを考えていると、不意に部屋の扉が規則正しく叩かれる音がする。
「私が出ます」
すぐに対応したのはコンラートだ。
静かに扉を開き……その向こうに意外な相手でもいたのか、珍しく驚いた表情を浮かべている。
「いえ、ですが……少々お待ちください」
何やら歯切れの悪い返答をしたかと思うと、コンラートは少し困ったように俺たちの方へと振り向いた。
「……セオドラ王女がお越しです。王子と妃殿下にお会いしたいと」
「なっ……?」
俺は思わず絶句した。あれだけはっきりと断ったのだから、悲しみに暮れているのかと思いきや、まさか部屋にまで押しかけて来るとは。
彼女の心臓には毛が生えているのだろうか……。
「追い返しましょうか?」とコンラートが声を出さずに問いかけてくるが、俺は静かに首を横に振った。
セオドラ王女が何を考えているのかわからない。
だからこそ、ここで接触してある程度彼女の動向を探っておいた方がいいだろう。
「アデリーナ、ここに通しても構わないか?」
「はい、大丈夫です」
アデリーナも慌てて佇まいを直し、しっかりと頷いてくれた。
元来優しい性格の彼女は、きっとセオドラ王女のことを心配していたのだろう。
入室の許可を出すと、舞踏会で見たのと同じドレスを身に纏ったままのセオドラ王女がこちらへやって来る。
念のためさっと確認したが、少なくとも目に見える範囲に凶器を隠し持っているということもなさそうだ。