9 冬の国の舞踏会(2)
国王陛下と王妃様のファーストダンスが終わると、次々にペアになった男女がダンスフロアに進み出てくる。
「俺たちも行こう、アデリーナ」
「はい、王子」
王子にエスコートされ、私もおっかなびっくり曲に合わせてステップを踏み始める。
最初の頃に比べれば多少は上達していると思いたいけど、いつまでたっても慣れませんね……。
気が付くと足元を見そうになってしまう私に、王子は優しく耳元で囁いた。
「アデリーナ、もっと俺の方を見てくれ。君のつむじも十分愛らしいが、それよりも顔が見たい」
「ひゃっ!?」
「おっと」
いきなりそんな風に言われたら、驚くじゃないですか!
驚いた拍子に足がもつれかけたけど、軽々と王子に支えられてなんとか事なきを得た。
「も、もっと普通に言ってください……!」
「俺は思ったままを口にしただけだが」
「うぅぅ……」
からかうような笑みを浮かべる王子に、私は恥ずかしさで何も言えなくなってしまった。
「ほら、皆が見ている。真っすぐに俺を見つめて、身を任せてくれれば大丈夫だ。……アデリーナ」
あぁもう、そんな風に言われたら……敵わないじゃないですか……。
おそるおそる顔を上げると、とろけそうなくらい優しい笑みを浮かべた王子と目が合って、それだけで夢見心地になってしまう。
なんだかふわふわした気分で王子に身を任せていたら、あっという間に一曲が終わっていた。
「息がぴったりで素晴らしいダンスでしたわ」
軽く拍手をしながら、セオドラ王女がこちらへ近づいてくる。
「アレクシス王子殿下、次はわたくしと踊っていただけますか?」
「……あぁ」
王子は少しだけ固い表情で頷く。
他国の王女様がお相手だし、王子でも緊張するのかな?
「アデリーナ、悪いが少し待っていてくれ。……ダンフォース!」
王子が呼びかけると、会場の隅に控えていたダンフォース卿がさっと進み出てくる。
「お呼びでしょうか、王子殿下」
「少しアデリーナの傍についていてくれ。いいか、絶対に怪しい奴を近づけるなよ」
「御意。妃殿下に害をなすものが現れたら、すぐに剣の錆といたしましょう」
ダンフォース卿はいつものように、柔らかな笑みを浮かべて物騒なことを口にした。
あっ、セオドラ王女が驚いていらっしゃる! 誠にすみません……。
セオドラ王女をエスコートする王子を見送って、私も壁際へと退いた。
「妃殿下、あちらに妃殿下の好みそうなスイーツを発見いたしました」
「本当? この隙に頂いちゃおうかしら……!」
王子から離れた私なんて、すぐに人ごみに紛れられるモブですから。
これはチャンスだ。《深雪の国》のスイーツを思いっきり味わっちゃいましょう!
うきうきとデザートが並べられた一角へ向かうと、そこには見慣れた先客の姿が。
「あっ、妃殿下。お疲れ様です」
「《奇跡の国》ではなかなかお目にかかれない味ですね……」
私より先に、ゴードン卿とコンラートさんがスイーツの虜になっていたのです。
どれどれ……と私も視線を走らせ、思わず頬が緩んでしまう。
様々な色のスポンジケーキ、ジャムのトッピングが可愛らしいバタークッキー、パールシュガーが雪のように振りかけられたチョコレートボール……あっ、王子が顔をしかめそうなキャロットケーキもありますね!
うーん、どれも美味しそう!
熱心に吟味して、私は一つ一つぱくついていった。
はぁ、美味しい……。お妃様のお仕事は大変だけど、こうやって美味しいスイーツにありつけるのは役得ですね。
「妃殿下、これ美味いっすよ!」
「本当に美味しいわ……香辛料で風味を付けているのかしら」
「この種類の香辛料なら、我が国の市場にも流通しつつありますね」
「今度確保しておきましょう」
「ありがとう、ダンフォース卿。助かるわ」
わいわいとスイーツ談義を繰り広げていると、不意にゴードン卿が焦ったような声を上げた。
「やべっ、王子がいねぇ」
「はぁ!? 何やってんだお前!」
「目を離したのはお前も同じだろ!」
「わわっ、喧嘩はやめてください!」
このまま言い合いを始めそうになってしまったゴードン卿とコンラートさんを慌てて仲裁して、私は会場に視線を走らせた。
ちょうど一曲終わったようで、皆思い思いに壁際に移動したり次の相手を探したりしている。
王子はいったいどこに……と焦りかけた私の視界に、輝くシルバーブロンドの髪が見えた。
よかった、いた……。
「あそこにいらっしゃいます!」
王子はセオドラ王女と共に、バルコニーへと出て行った。
二人で、大事なお話でもあるのでしょうか……。
「とりあえず俺は様子を見てきます」
「わ、私も行きます……!」
気づけばそう口にしていて、私はゴードン卿とダンフォース卿と共に王子たちの元へ向かっていた。
王子たちが出て行ったバルコニーへ繋がるガラス張りの扉には、上質なカーテンが引かれ視界を遮っている。
だが、そのカーテンの隙間がほんのわずかに開いていた。
なんと、ゴードン卿は堂々とその隙間から向こうを覗こうとしていた。
えっ、勝手に見ちゃっていいんですか? でも護衛騎士なら、どんな時でも護衛対象の状態に気を配らないといけないのかな……?
なんて逡巡している間に、私の目にもバルコニーの光景がちらりと見えてしまう。
その途端、心臓が止まりそうになってしまった。
「え…………」
カーテンの隙間から見える向こうの光景は、会場から漏れる明かりでほんのわずかなシルエットが確認できる程度だった。
それでも、はっきりと見えてしまった。
……セオドラ王女が、アレクシス王子に抱き着いている。