15 王子様、妃の真価に気づき始める
南の国の使節が宮殿に到着した。
今夜は宮殿の大ホールにて、歓迎の宴が催されることになる。
俺にとっては慣れたことだが、心配なのは……あの妃のことだ。
俺の元を去っていった運命の姫……の身代わりに嫁いだ、彼女の姉。
一時の暴走で巻き込んでしまった彼女には、本当に悪いことをしたと思っている。
だが、今更なかったことにはできないのだ。
いずれ新たな妃を娶った際には離縁することになるだろうが……それまでは、彼女に俺の妃として振舞ってもらわねばなるまい。
「……妃殿下のことが、心配ですか?」
「あぁ、聞く限りは、彼女はあまりこういう場には慣れていないようだからな」
「だったら、しっかり彼女を支えてあげてください、王子」
「わかっている」
コンラートの忠告を胸に、妃を迎えに離宮へ向かう。
そろそろ、彼女の支度も済んでいるだろうか。
◇◇◇
「迎えに来てくださったのですね……。ありがとうございます、王子殿下」
俺が離宮についた時には、妃の支度はすっかり済んでいるようだった。
着飾って現れた彼女を見て、思わず息を飲んでしまう。
「妃殿下、やはりもう少し装飾を派手なものにした方が……」
「これでいいのよ。私は今日の主役ではないのだし」
彼女が身に纏う淡いミントグリーンのチュールドレスは、慎ましさを感じさせる上品なデザインだ。
装飾品も、真珠を中心とした落ち着いたもので統一されている。
その装いは、最近の流行――舞踏会で目にするような女性と比べれば、随分と控えめなものだと言えるだろう。
だが、それが彼女の穏やかな雰囲気によく似合っている。
あの日見たエラのように周囲の者を圧倒するような存在ではないが……少しずつ存在感を放つような、美しさを秘めていた。
「それではよろしくお願いいたします、王子」
「あ、あぁ……」
見送る侍女たちにしばしの別れを告げ、共に馬車に乗り込む。
周囲の視線が遮られると、彼女は大きくため息をついた。
「はぁ、疲れました……」
「まだ本番はこれからだぞ」
「わかってますけど……皆がこぞって物凄い宝石のついた装飾品を勧めてくるんですよ……! 私がそんな派手な装飾品を身につけたら、完全に装飾品が本体になってしまうのに。『これぞ豚に真珠ですな』なんて陰口を叩かれるのが目に見えてます!」
ぷりぷりと憤慨する妃を見ていると、無意識に口元が緩んでしまう。
「あっ、王子笑ってますね……! やっぱり王子も私に大粒の宝石なんて似合わないと思って――」
「いや、そうではない。ただ君は、派手な宝石などなくとも十分美しいと思っただけだ」
「…………随分とお世辞がお上手ですね」
別にお世辞ではなかったのだが、妃は俯いてなにやらぶつぶつと呟いている。
確かに、彼女には目も眩むような派手な宝石は似合わないだろう。逆に彼女の輝きを掻き消してしまいそうだ。
多くの人の目にはつかなくとも、確かに彼女は不思議な輝きを秘めている。小さな宝石のようだ。
彼女を見ているとその魅力を多くの者に見せびらかしたいような……逆に自分の元だけに仕舞っておきたいような、不思議な気分になってくるのだ。
◇◇◇
妃――カテリーナが公の場に姿を現すのは、実に俺たちの結婚式以来のことになる。
四方八方から突き刺さる好奇の視線に、彼女はどこか居心地悪そうにそわそわしていた。
「私……どこか変でしょうか……」
「気にするな、こうやって見られるのも仕事のうちだ。すぐに慣れる」
そう言うと、彼女は少し驚いたようだった。
「……王子は、慣れていらっしゃるのですね」
「生まれた時からこうだったからな。嫌でも慣れるさ」
「それは……随分と苦労をされたのですね……。尊敬、します」
思いもよらない言葉にカテリーナの顔を見返すと、彼女は「何か変なことを言ってしまったのだろうか」とでも言いたげに表情をこわばらせてしまった。
「いや……なんでも、ない」
王子と言う立場に生まれついたからには、当然のことだと思っていた。
皆俺のことを羨みこそすれど、カテリーナのように労わられたのは初めての経験だ。
まったく、彼女はどこからどこまでも風変わりだ。
……だが、嫌な気分はしない。
「お初にお目にかかります。王太子妃のアデリーナと申します」
伯爵夫人にみっちりとしごかれた甲斐があったのか、彼女の挨拶は何とも気品があった。
南の国の大使も、その優美な姿に見惚れているようだった。
「ご結婚おめでとうございます。王太子殿下、王太子妃殿下。我が国の国王陛下もたいそうお喜びで――」
カテリーナは問題なく俺の妃としての役割をこなしている。
大使との話も弾み、話題が南の国の文化に移った時のことだった。
「特に最近は遺跡の発掘がさかんでしてね。そうそう、少し前に幻の都市だと言われていた古代遺跡が見つかりまして……」
「まぁ、数多の精霊や魔神を従えたと言われる伝説の魔術師が興した都市ですか?」
「おや、妃殿下もご存じでしたか!」
「えぇ、絹の道の主要都市間の距離を計算したところ、どうしても不自然な空白が発生する箇所があるので、幻の都市が眠っているのではないかと言われている砂丘地帯のことですよね? 一説によると貴国の伝統料理であるシャワルマも、元々は多忙な魔術師が片手間に食事をとれるように、かの都市で編み出されたものだとか――」
「ほぉ! なんとも博識な御方だ!」
楽しそうに会話を交わすカテリーナと大使の様子に、俺は唖然としてしまった。
俺も王太子として、友好国の基本的な情報は頭に入っている。
だが、彼女のように相手国の細かな歴史や文化までは知りえなかった。
伯爵夫人の教育でも、そのあたりまでカバーできているとは思えない。
きっとこれは、彼女が自分で吸収した知識なのだろう。
……小さな宝石どころではない。
俺が運命の相手の身代わりに娶った妃は、ダイヤの原石なのかもしれなかった。