6 魔女の噂
「そんな……」
「おっとすみません、つまらない話を聞かせてしまいましたね」
「いいえ……貴重なお話をありがとうございます」
そうお礼を言うと、その人は愁いを帯びた目で上空を見上げた。
「……冬が来るたびに、恐ろしくなります。もうずっと、この冬が終わらないのではないのかと」
「何か、冬が長引く原因はあるのですか?」
「……わかりません。私のばあさまは、『雪原の魔女』の呪いなどと言っていましたが……」
――「雪原の魔女」
その名前を聞いた途端、思わずどきりとしてしまった。
「その、雪原の魔女というのは……」
「よくある迷信ですよ。人々を苦しめるために魔女が吹雪を起こしているとか、子どもだけで雪原に出ていくと魔女にさらわれるとか……あぁ、古い骨董品には魔女の呪いがかかっているから気を付けた方がいい、なんてこともばあさまは言ってましたね」
「そう、ですか……」
終わらない冬を呼び寄せ、人々を苦しめる悪しき魔女……。
いかにも、おとぎ話に出てきそうな設定ですね。
その魔女が本当に存在するのかどうかはわからない。
異常気象や伝染病などを、「魔女のしわざだ!」と決めつけて迫害する魔女狩りは、各地に存在する。
「雪原の魔女」も、長引く冬を恐れた人々が生み出した架空の存在なのかもしれない。
でも、もしかしたら……そういった力を持つ魔女も存在するのかもしれない。
実際私も冬の妖精王の配下である妖精が、ちょっとした失敗で周囲一帯を猛吹雪にしてしまった、なんて現場に立ち会ったこともあるのだ。
ただの妄言だと決めつけることはできなかった。
考え込んでいると、不意に背後から王子に声をかけられる。
「アデリーナ、何か気になるものはあったか?」
そうだ。今はお城の畑を案内してもらっている最中で、別のことに気を取られすぎてはいけませんね!
「はい、王子! 《奇跡の国》では見られない野菜などもありまして、とても興味深いことに――」
私の野菜トークを、王子は優しく聞いてくれている。
その背後ではセオドラ王女が、少しつまらなそうな顔をしていた。
おっといけない。何かに熱中すると周りが見えなくなるのは私の悪い癖ですね……。
もっと畑の隅から隅まで見せてもらいたいところだけど、客人の分際でそれは出過ぎた真似だろう。
「連れてきていただきありがとうございます、セオドラ王女。とても興味深く拝見いたしました」
そうお礼を言うと、セオドラ王女はどこかぎこちない笑みを浮かべた。
「……農作業に興味を持たれるなんて、アデリーナ妃は変わった御方なのですね」
その言葉を聞いた途端、思わずきゅっと心臓が縮み上がるような心地がした。
……いけない。《奇跡の国》ではおおむね好意的に受け入れられるようになったけど、私のこの庶民じみた行動をよく思わない人だってたくさんいるのだ。むしろ、それが普通なのだから。
生粋のお姫様であるセオドラ王女だって、不審に思ったことだろう。
あぁ、なんて弁解すれば……!
そう焦った時、王子が私の肩を抱きながら優しく助け舟を出してくれた。
「アデリーナはこういった多方面に渡る豊富な知識を持ち、いつも俺を助けてくれるんだ。アデリーナといると、今まで気づかなかった見方や考え方に気づかされ、まるで新たに世界が切り開かれたかのように感じられる。まさに、俺にとっては幸運の女神だな」
王子のそんな言葉に、思わず頬が熱くなる。
……ありがとうございます、王子。私もあなたと一緒にいると、毎日がきらきらと輝くようで新鮮なことばかりですよ。
「そ、そうですの……。それより、そろそろ次の場所をご案内いたしますわ」
セオドラ王女は気圧されたかのように言葉をひっこめ、慌ててすたすたと歩き始めた。
「さぁ行こうアデリーナ。また運んでほしいならいつでも俺に言ってくれ」
「だ、大丈夫ですよ!」
からかうように王子はそんなことを言う。
私は慌てて、熱くなった頬を隠すように俯き気味に歩みを進めた。