4 お妃様、焦る
その夜の晩餐は、噂に違わぬ美食ばかりだった。
特にサーモンソテーは見た目はシンプルなのにおいしくておいしくて……時間があったら、お城のシェフに味付けを聞いてみようかな、なんて思ったり。
素直に「とても美味しいです」と伝えると、グスタフ陛下と王妃様はとても喜んでくださった。
すると、今まで静かだったセオドラ王女がにっこり笑って口を開く。
「お口に合ったようで何よりですわ。それよりも……わたくし、お二人の馴れ初めのお話が聞きとうございます」
「セオドラ、はしたないわ」
「いいじゃないの、お母様。だって……お二人は、噂の一つが立つ間もなくすぐに結婚なさったでしょう? わたくし、気になりますわ」
セオドラ王女は意味深な笑みを浮かべる。
わわわ……どうしよう。
私と王子の馴れ初めなんて、素直に話したらドン引きされるに決まってる……!
だが焦る私とは対照的に、王子は静かにナイフとフォークを置くと、笑顔で口を開いた。
「そうですね……こうしてお話しするのもお恥ずかしいのですが、噂が立つ間もないほど急速に彼女に惹かれて、私の方から迫ってなんとか結婚までこぎつけたという感じですね」
さらりと笑顔で嘘をつく王子に、私は感心してしまった。
さすがは王子! こんな時のポーカーフェイスも完璧ですね!
「……政略結婚ではありませんの? アデリーナ妃のご実家がものすごい富豪だとか――」
セオドラ王女が少しだけ眉根を寄せてそう問いかける。
私って、そんなにお金持ってそうに見えるのかな? むしろ貧乏な方だけど……。
セオドラ王女の質問を受けても、王子は笑顔を崩すことなく言葉を続ける。
「いいえ、彼女の生家はあまり有名な家ではなく、裕福でもありませんでした。ですか、彼女はお金や家柄にも負けない魅力を持っています。例えば――」
そこからはもう、王子の独壇場だった。
「貴族の生まれながら、アデリーナは料理が得意なのです。特に仕事で疲れた時に彼女の手作りのスイーツを口にすると、一気に疲れが吹き飛ぶようです。そうそう、私が体調を崩した時に作ってくれたエッグレモンスープは、天上の果実よりも美味であったと断言できます。前に焼いてくれたパンなどは――」
「少し話せばわかるのですが、彼女の頭の中には驚くほど多くの知識が詰まっています。その博識さには我が国の大臣たちも舌を巻くほどで、他国の外交官からも『生ける図書館』なんて呼ばれるほどです。その勤勉さには多くの者が心を打たれ、我が国でも一躍読書ブームを引き起こし――」
「私は彼女ほど心の優しい者に会ったことはありません。動物たちにも好かれるその姿はまさにプリンセスの中のプリンセスだと言ったところですね。今でも天使が地上に降りてきたのではないかと疑ってしまうほどです。もちろん、本当にそうだとしても天界に返すつもりはないんですが。それと――」
「お、王子! もういいですから!!」
ぺらぺらといつまでもしゃべり続ける王子を、私はやっとの思いで制止した。
王子のいきなりのマシンガントークに、《深雪の国》の王族の皆さまは呆気に取られていらっしゃるし、控えている者たちも必死ににやつきそうになるのを堪えたり、俯いてぷるぷる震えたりしている。
かくいう私も、王子の服の裾を掴んだ指先までもが真っ赤になってしまっているのですが……。
だって、いきなりこんなの予想外じゃないですか!
真っ赤になって震える私の方を振り返った王子は、照れることもなく極上の笑みを浮かべてみせた。
「どうした、アデリーナ。まだまだ君の素晴らしさについては語り足りないくらいだが」
「そ、そろそろ他の話題に移られた方がよいのではないかと……!」
「オホホホホ、熱烈でいらっしゃるのですね!」
場の雰囲気を和ませるように、王妃様が少しわざとらしい笑みを浮かべた。
うぅ、素直に馴れ初めを話すのとは別の意味でドン引きされてしまった……。
グスタフ王は困ったような笑みを浮かべているし、小さな王子様はぽかんとしている。
セオドラ王女は……俯いていて表情が読めないけど、きっと呆れているのだろう。
やがて王子が別の真面目な話題を振って、話がそちらへ逸れたので私はほっとした。
まったく、なんでいきなり王子は暴走したんだろう。
いつもはこんなことないのに……。
その後はつつがなく晩餐が進んでいき、最後のデザートが運ばれてくる。
リンゴンベリーのジャムがトッピングされたアイスが、火照った体を冷ましてくれるようだった。
ちらりとセオドラ王女の方へ視線をやると、スプーンを手に持ってはいるけど口へ運ぼうとしない。
彼女の細くしなやかな指にはめられた青の指輪が、シャンデリアの光を受けてキラキラと美しく光を放っている。
それでも、彼女はどこかうかない顔をしているように見えた。
そういえばデザートの前に運ばれていた料理にも、ほとんど手を付けていないようだった。
……体調でも悪いのだろうか。
大したことないといいんだけど……。
なんてことを考えていると、またもや王子が「このデザートはアデリーナのように愛らしい」とか訳の分からないことを言い出したので、私は思わずむせ込みそうになってしまった。
「もう、王子! いきなり皆の前であんなこと言うなんて恥ずかしいじゃないですか!」
晩餐を終えた後、私はもちろん王子に抗議しましたとも。
だが王子は、反省した様子もなくしれっとしている。
「すべて俺の本心だ。何も問題はない」
「お、大ありですよ! なんでいきなりあんなこと――」
「早めに牽制しておくに越したことはないからな」
「え…………?」
「いや、こちらの話だ。もっと聞きたいのなら、一晩中語り明かしてもいいのだが……」
「ご、ご遠慮いたします……!」
真っ赤になってもごもごとそう言うと、王子はくすくすと笑った。
「可愛いな、アデリーナ。やはり君は俺に愛を届けに来た天使なのかもしれない」
「もう……王子がそんな風だからセオドラ王女も調子悪そうにされてたんじゃないですか?」
「……君はある意味鋭いな」
「えっ? 冗談のつもりだったんですけど……」
「いや、彼女のことはあまり気にしない方がいい。ここは彼女の城だ。俺たちが心配する前に、誰かが何とかするだろう」
「そう、ですね……」
セオドラ王女の体調に関しては、私たちが口を挟むようなものじゃないだろう。
「それより、俺は君が寒さに凍えていないかどうかが心配だな」
「いえ、全然大丈夫です」
「ここに来た時はかなり冷えていただろう。もう一度、確かめさせてくれ……」
王子はそっと私の頬に触れると、そのまま顔を近づけてくる。
思わず私は固まってしまったけど――。
「だからそういうのは二人っきりの時にしろ!」
「痛っ!」
コンラートさんが投げたクッションが王子の後頭部にバフッと直撃した。
その音で、私ははっと我に返る。
慌てて周囲を見回すと、ゴードン卿はニヤニヤしていて、ダンフォース卿はロビンの目を塞いでいて、私の侍女は「何も見ておりません」とでもいうような遠い目をしていた。
そうだ。別に私と王子は二人っきりじゃなくて、今のやりとりは全部皆に見られていたわけで……。
「びゃああぁぁぁぁぁ!!」
一瞬で羞恥心が限界を突破した私は、またもやものすごい速さで寝室へと逃げ込むのだった。