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1 お妃様、北へ向かう

 いよいよ季節は本格的な冬を迎え、朝起きると結露した窓の向こうの世界には霜が降りていることも多くなった。

 離宮の中では盛んに暖炉に火が焚かれ、春のように暖かい。

 でも一歩外に出れば、厳しい冬の寒さが襲い掛かってくるのです。


「おはようペコリーナ、今日も元気?」

「フェ~」


 いつものようにペコリーナの元を訪れると、ペコリーナは元気いっぱいですり寄って来た。

 ぎゅっと抱き着くと、ペコリーナの体温と極上のもふもふによって、最高のぬくぬくを感じられる。

 はぁ、幸せ……♡


「来週から少し国を空けるけど、いい子でいてね。みんなにペコリーナのお世話はちゃんと頼んでおいたから」

「フェッ!」


 実はこの私にも、王子と共に別の国への訪問のお仕事が入ってしまったのです。

 本当はペコリーナも一緒に連れて行きたいところだけど、今回のお仕事はかなり真面目な視察なのです。

 無理にペコリーナを連れて行っても窮屈きゅうくつな思いをさせるかもしれないし、それだったら仲良しの羊さんたちとお留守番していた方がいいよね。

 私も寂しいけど、いっぱいお土産を買ってすぐに帰ってくるからね!



 ――《深雪みゆきの国》

 私たちの住む《奇跡の国》よりずっと北に位置する小国の一つ。

 国土は小さく、人口も少ない。それでも豊富な森林資源を生かした木工業と伝統的な漁業が盛んで、我が国とも古くから国交があるという。


「国交を結んで以来、定期的の両国の王族がそれぞれの国を視察に訪れています。今回は我々が彼の国へ向かう番で、王子殿下と妃殿下に白羽の矢が立ったというわけですね」


 道中に立ち寄った宿屋の夕食の席で、コンラートさんがあらためて今回の訪問の意義を説明してくれる。

 国の代表としての友好国の訪問……。いよいよ、私にも王太子妃らしい役目が任されるようになったわけです。

 これはかなりの大役だ。うぅ、緊張する……。


「とは言っても、あまり気を張りすぎなくても大丈夫かと。国交を結んで以来、我が国との国との間では特に対立するような問題もありませんし、次代を担う王族同士の顔合わせという意味合いが強いですからね。のんびり観光するくらいの気分でいた方が良いかもしれませんね」


 私の緊張をほぐすためか、コンラートさんが優しくそう言ってくれる。

 その言葉に真っ先に反応したのは、黙々と鍋を突っついていたゴードン卿だった。


「マジで? よっしゃ! 休暇だと思って遊びまくるか!」

「いやお前は働けよ」


 いつもの漫才のようなやり取りを眺めながら、私は少しだけほっとした。

 ディミトリアス王子とヘレナ様の結婚式に呼ばれたのとは違い、今回は完全に王族としてのお仕事で。当然向こうの王族の方々とも、初めて顔を合わせるわけで……。

 私みたいなのが王太子妃だなんて、《奇跡の国》の威光に傷をつけてしまうんじゃないかと心配だった。

 でも、コンラートさんの言う通りあまり気張りすぎるのもよくないですよね!


 緊張でしくしく痛みを訴えていた胃もおさまってきた。

 食卓のサーモンスープに手を付けると、まろやかな味わいがじんわりと舌に染み入るようだった。


「美味しい……」


 思わずそう呟くと、向かいの席の王子がくすりと笑う。


「君は無理にかしこまった態度を取ろうとするよりも、そうやって自然体でいた方がいいな。《深雪の国》は北の冷たい海で採れる魚料理が有名だ。自国の料理を素直に褒められて悪い気がする者はいないだろう」


 そうかな……?

 王子に褒められ、嬉しさと恥ずかしさが同時にこみ上げてくる。


「ちなみに、王子は《深雪の国》を訪れたことがあるんですか?」

「いや、ないな。だが、豊かな自然に恵まれた美しい国だと聞いている」

「それは楽しみですね」

「ただ、我が国よりもかなり寒さは厳しいらしい。君も風邪を引かないように気を付けてくれ」

「それなら大丈夫です! ちゃんと防寒用の腹巻も持ってきましたから!」


 自信満々にそう言うと、王子は驚いたように目を丸くした後……おかしそうに笑い始めた。


「くくっ、腹巻か……。君は本当におもしろいな!」

「な、何か変でしたか……?」

「いや、君らしくて何よりだ。だが、腹巻をするプリンセスは珍しいかもしれない。外では黙っておいた方が賢明かもしれないな」

「うぅぅ……」


 王子にそう言われ、私は今更ながらに恥ずかしくなってしまった。

 確かに、絵本などに描かれるプリンセスは腹巻なんてしてませんもんね……。

 危ない危ない。うっかり外で恥を晒す前で助かった。


「はぁ、王族らしく振舞うのって難しいですね……」

「皆の憧れる妃のイメージを壊さないのも大事な仕事だからな。だが……俺にとっては君の可愛いお腹が冷えしてしまうことの方が恐ろしい。きちんと腹巻は身につけてくれ」

「はっ、はい……」


 王子からの許可も頂けたので、腹巻は誰も見ていないところでこっそりと巻くとしよう……。

 そんな風に、ちょっと馬鹿馬鹿しい話をしながら私たちは北へ北へと旅を続けるのでした。


【お知らせ】


小説3巻が10月に電子書籍で発売予定です!

お姉ちゃん襲来編とこの章に加えて、電子書籍版限定の番外編も収録されてます。

今回も茲助先生のイラストがとっても素敵なので、ぜひぜひチェックしてみてください!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 3巻発売、おめでとうございます!! 今回は電子版だけなんでしょうか? 紙媒体……欲しかったなぁ~。 [一言] >「マジで? よっしゃ! 休暇だと思って遊びまくるか!」 ゴードン……冗談です…
[一言] ペコリーナは不参加ですか… ま、寒そうだしその方がいいかもですね〜(笑) 3巻は電子のみですか?
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