16 女王様のお帰り
私たちの母親、更には祖母までもが魔女で、しかも魔女狩りで殺されていた……?
そんな、お母様からは「遠い昔に縁を切った」って聞いていたのに……。
「なんとか一人逃げ延びたお母様は、決して魔女だと悟られることのないように生きてきたそうよ。ひたすらに力を押し隠し、私たちに魔女の力の片鱗が現れないのをみて安心したと言っていたわ」
確かに、王子と結婚するまでは私に魔法の力らしきものは一度も現れなかった。
きっとそれは、姉さんも同じだったのだろう。
まさか母さんが、そんな風に思っていたなんて知らなかったけど……。
「何かあった時のために自分たちの地位を確固たるものにしようと、貴族と結婚して、再婚して、各方面へ人脈を築いたり私を妃選びの舞踏会に送ったりして……まぁ、エラとあんたが無茶苦茶にしてくれたけど」
「そんなの、わかるわけがないじゃない……!」
私もエラも、まさか母さんが魔女だなんて思いもしなかった。
それほど、私たちの前では魔女らしい片鱗なんて見せたことはなかったのだ。
お金と権力が大好きで、言ってしまえば俗っぽい人間。でもそれは、世間や私たちを欺くための演技だったのかもしれない。
「それで、何故君たちの母君はアデリーナを連れ戻そうと?」
王子がそう問いかけると、姉さんは小さくため息をついた。
「あなただってご存じでしょう、王子殿下。アデリーナが魔女だということが大々的に知られれば、必ず反発する人間は現れる。過激な手を使って排除しようとする者が現れないとも限らない」
それは確かに……プリシラ王女やアマンダ夫人のように、私を魔女だと罵り追い落とそうとする人間はこれからも出てくるだろう。
今までは大したこともなかったけど、今後も無事でいられる保証はない。
「なるほど、つまり君たちはアデリーナを心配して連れ戻しにきたというわけか」
大真面目にそう言った王子に、姉さんは少しだけ顔を赤くしてそっぽを向いた。
「べっ、別にアデリーナがどうなろうと私には関係ありませんわ! ただ、私の知らないところで何かあったら寝覚めが悪いじゃない! 腐っても身内ですからね、私とお母様の管理下に置いた方が対処はしやすいってだけよ!」
そんなことをのたまう姉さんに、私は呆れてしまった。
まったく素直じゃない……。
「姉さん、そういうのは余計なお世話っていうのよ」
「何よ! 普段はオドオドしてるくせにこういう時だけ頑固なんだから!」
「私のことを心配してくれたとしても、やり方がめちゃくちゃなのよ! 離宮の皆の心を操るなんて、悪い魔女だって糾弾されてもしょうがないじゃない!」
「あんたが素直に私の言うことを聞かない石頭なのが悪いのよ!」
「あんな風に言われて『はいそうですか』って従えるわけがないじゃない!」
「おい、喧嘩はそこまでにしてくれ」
王子に宥められて、私ははっと我に返る。
うわぁ、恥ずかしい……。
よりによって王子に、こんなみっともないところをお見せしてしまうなんて……。
羞恥心に俯く私の頭を軽く撫でて、王子は姉さんへ視線をやった。
「君が無茶苦茶なゲームをけしかけたのは、そうでもしないとアデリーナを連れて行けないと思ったからなのか」
「魔女の誓約には特別な力があります。あそこで私が勝っていれば、いくらアデリーナが喚こうと簡単にここから連れ出すことができました。まぁ……失敗しましたが」
「……君の懸念はよくわかった」
王子は大きく息を吐くと、姉さんに向かって真っすぐに告げた。
「君が妹の身を案じるのもよくわかる。だが……残念だが俺もアデリーナを手放す気はない。その代わり、この先何があってもアデリーナを守ると誓おう」
迷うことなくそう言った王子に、私は胸がいっぱいになってしまった。
昔から、姉さんと私が並んでいたら誰もが姉さんに心惹かれていた。
ずっと、それが当たり前のことだと思っていた。
でも……やっと、その呪縛が解けそうな気がする。
「あら王子殿下、魔女の前でそんなに安易に誓約をしてしまって大丈夫ですの? もし破ったりしたら、呪いますわよ?」
「あぁ、いくらでも呪えばいい」
そう言って、王子は不敵に笑う。
堂々たる態度の王子に、姉さんは呆れたように大きくため息をついた。
「あーあ、やだやだ。これじゃあ馬に蹴られるだけじゃない。邪魔者はさっさと退散するわ」
姉さんが立ち上がると、ジャバウォックがその足元にじゃれついた。
「……母さんは、元気?」
そっと問いかけると、姉さんはふふんと笑う。
「えぇ、とてもお元気でいらっしゃるわ。私にとってもたくさん魔法を教えてくださったのよ。見たところ、あんたはまだ全然使いこなせてないようだけど!」
うっ、痛いところを突かれた……。
私も、もっと魔法を使いこなせるように頑張らなきゃ……!
姉さんはふと真剣な顔になると、ぽつりと呟く。
「お母様が、言っていらしたのよ。アデリーナ、あんたは……お母様のお母様によく似ているって」
「えっ?」
お母様のお母様って、魔女狩りに巻き込まれて亡くなった私たちの祖母のこと……?
「だから、お母様はあんたのことを心配していらっしゃるのかもしれないわ。あんたは私やエラと違って要領悪いし、オドオドしてるくせに変なところで頑固だし、すぐに誰かに騙されそうだし……」
「ちょっと、途中からただの悪口になってるんですけど!?」
憤慨する私に、姉さんはくすりと笑う。
「でも……変わったわね。頑固なのは相変わらずだけど、前のあんたならそんな風に私に口答えなんてしなかったじゃない」
姉さんがそんな風に言うので、私は少し驚いてしまった。
うん……私は変わった。
少しずつだけど、王子や皆に出会って変われたんだ。
私と王子の顔を交互に眺めて、姉さんはふっと自信に満ちた笑みを浮かべる。
「覚えておきなさい、アデリーナ。最後に自分の価値を決めるのは自分自身よ。あんたが自分のことを路傍の石だと思えばそうなるし、ダイヤモンドだと思えばダイヤモンドになるわ」
いかにも、自信過剰な姉さんらしい言葉だ。
でも、案外そのくらい強気な方が世の中うまくいくのかもしれない。
まぁ、結局はバランスが大事なんだけどね。
言いたいことを言い終えたのか、姉さんは颯爽と離宮の入り口まで歩いていく。
そして、一歩外に出た途端……ジャバウォックの背に乗って大空へと舞い上がった。
その姿が夕闇に紛れて見えなくなるまで、私は見送った。
「……行ったか。まったくとんでもない女性だな」
「本当に、ご迷惑をお掛けして申し訳ございません……!」
姉さんの勝手な行動のせいで、王子や皆には本当に迷惑をかけてしまった。
必死に謝ると、王子は気にしなくてもいいとでもいうように、優しく私を抱き寄せてくれる。
「いいんだ、アデリーナ。俺にとっては、これからも君が傍にいてくれるということだけでこの上なく幸せなのだから」
「…………はい」
それは私もですよ、王子。
姉さんが現れてから、いつ王子が姉さんに奪われてしまうんじゃないかと怖かった。
でも、王子が心変わりすることはなかった。
姉さんと私が二人並んでいても、彼は私のことを選んでくれたのだ。
それが嬉しくて、私は王子に寄り添いながら幸福を噛みしめていた。
「王子殿下、妃殿下!」
やがて庭園の方からダンフォース卿と共に、姉さんに操られた人たちがやって来るのが見えてくる。
「みんな、よかった……!」
やっとこの騒動が終わったことを実感しながら、私は慌てて皆へと駆け寄った