15 お姉様の言うことには
離宮の玄関ホールに足を踏み入れると、姉さんはまるで館の主人のように悠然たる態度で待っていた。
足元にはまるで忠犬のようにジャバウォックが付き従っている。
「……少し長い話になりそうだから、応接間へ行きましょう。アデリーナ、お茶を淹れてちょうだい」
「そんなこと言ってる場合じゃ――」
「あら、大事な話をするのにお茶の一つも出せないようじゃ女主人は務まらないわよ? どうしてもと言うのなら、私が淹れて差し上げてもよろしいのだけれど」
「……やっぱり私が淹れるわ」
お世辞にも、姉さんはお茶を淹れるのが上手くはない。
茶葉の量が多すぎたり、蒸らしすぎてものすごい渋い味になったり、とんでもないオリジナルブレンドを作り上げてお腹を壊しかけたこともある。
そう考えると、私が淹れるのが安牌だよね……。
「俺も手伝おう」
私を心配してくださったのか、はたまた姉さんと二人で待つのが嫌だったのか、王子もキッチンへついてきてくれた。
粛々(しゅくしゅく)とお茶を淹れる準備を進めていると、彼は小声で問いかけてきた。
「……まだ、君の姉が奸計を巡らせている可能性はないのか?」
「ないとは断定できませんが……私は大丈夫だと思います」
「何故そう思う?」
不思議がる王子に、私はくすりと笑った。
「姉さんって、ものすごい自信家でプライドが高くて、自分から負けを認めることなんてほとんどないんです。でも、さっきみたいに『私の負け』なんて自分で言うってことは……何か、勝ち負けの先に姉さんの目的があるんじゃないかと思いまして。それに……」
「それに?」
「姉妹の勘、ですかね」
曲がりなりにも、私たちは姉妹として多くの時間を過ごしてきた。
だから、根拠はないけどなんとなくわかるのだ。
今の姉さんは私たちにだまし討ちを仕掛けたりはしないはず。この後の「話し合い」で、何かを伝えたいのだろう。
「わかった、君を信じよう」
私の話を聞いて、王子は優しく頷いてくれた。
それが嬉しくて、思わず頬が緩んでしまう。
応接間へ戻ると、姉さんは部屋中に罠を張り巡らせたりすることもなく、おとなしくジャバウォックを撫でながらソファに腰掛けていた。
ジャバウォックは姉さんの膝の上で、リラックスした様子でぐるぐる喉を鳴らしていた。
ちょっと怖いけど、ドラゴンを飼いならすっていうのもいいなぁ……。
なんて夢想しそうになるのをなんとか堪え、私は静かにティーカップに紅茶を注いだ。
ベルガモットの香りがふわりと漂い、心を落ち着けてくれる。
静かにティーカップに口を付けた姉さんは、私の方を見てにやりと笑う。
「相変わらず、紅茶の腕だけは中々ね。私のお茶汲み係にしてあげてもよくってよ?」
「謹んで辞退させていただくわ。それより……」
王子と二人で姉さんの正面のソファに腰掛け、私は真っすぐに姉さんを見つめた。
「どうしてこんなことをしたのか、教えてもらえるかしら」
その言葉に、姉さんはすっと目を細める。
……最初は、姉さんが純粋に私の立場を奪おうとしているのだと思っていた。
アレクシス王子の妃という地位に、たくさんのドレスや宝石。居心地のいい離宮に、大勢の使用人たち。
今の私は、昔からは考えられないほど恵まれた場所にいる。
だから、姉さんが私の場所を奪おうとしてもおかしくはない。
……でも、それにしては少しおかしいのだ。
単に私にとって代わりたいだけなら、さっさと私を排除して何もかも奪い取ればいい。
でも、姉さんはそうしなかった。ねちっこく嫌がらせを繰り返して、私に「自分から」この離宮を去るように仕向けようとした。
悔しいけど、魔法の腕に関しては私よりも姉さんの方が上のようだし、もっと強硬な手段を取ろうと思えば取れたはずなのに。
それなのにどうして、わざわざまどろっこしい「ゲーム」を仕掛けたりして……姉さんは何がしたかったのか。
私の詰問するような視線を受けて、姉さんは面倒くさそうにため息をつく。
そして、ぽつりと口を開いた。
「……お母様に、あんたを連れ戻すように言われてたのよ」
「母さんに!?」
まさかの答えに、私は驚いてしまった。
私が王子と結婚して以来、姉さんと同じく行方をくらませた私たちの母。
姉さんがこうして無事な以上、無事だとは思っていたけれど……。
「どうして、母さんがそんなこと……」
「アデリーナ、あんたが魔女で私も魔女。つまり、どういうことかわかるでしょ?」
姉さんの試すような言葉に、私はごくりと唾を飲んだ。
魔法の力は血筋によって受け継がれることが多いと、私がただ今勉強中の本にも書いてあった。
ということは、今までまったくそんな片鱗は見せていなかったけど――。
「……母さんも、魔女だったの?」
おそるおそるそう問いかけると、姉さんはにやりと笑う。
「いつもぼけっとしてるあんたにしては冴えてるじゃない。そうよ、私たちのお母様は魔女なの。それもとびっきり優秀な」
「でも……今までそんなこと一言も……!」
「考えてみなさいよ。どうしてお母様が魔女だってことを隠していたのか」
その言葉に先に反応したのは、今まで黙って成り行きを見守っていた王子だった。
「魔女だと知られれば、迫害される恐れがあるからか」
「ご明察ですわ、王子殿下」
姉さんが挑発するような笑みを浮かべる。その笑顔は妖艶でいて……どこか、ピリピリとした尖った感情をも感じさせた。
「聡い王子殿下、それに引きこもりで本の虫なアデリーナならご存じでしょう? かつて起こった魔女狩りのことを」
「えぇ……国や地域にもよるけれど、魔女や魔法使いだと疑われた人たちが、次々と迫害されたり殺されたりしたって……」
人々にとって未知の強大な力を扱う魔法使いは、畏怖の対象だった。
それゆえに、伝染病や獣の被害、嵐や干ばつなどの災害を……魔法使いの仕業だと結び付けられることもあったのだという。
そうして魔法使い、それに妖精や幻獣などの種族も、迫害を恐れて人々の前から姿を消すようになったのだとか……。
この「奇跡の国」は、王宮内に魔術師の研究施設があるくらいに、比較的魔法に対して好意的な国だ。
それでも、私を「悪しき魔女」だと糾弾する人が現れなかったわけじゃない。
母さんが魔女だと自分の正体を公にしていたら……私たちの人生はもっと暗いものだったのかもしれない。
考え込む私に、姉さんは続ける。
「お母様のご両親……私たちのおじい様とおばあ様は、魔女狩りに巻き込まれて亡くなられたそうよ」
「えっ!?」
初めて聞く衝撃の事実に、私の心臓がどくりと大きく音をたてた。