13 王子様、宣戦布告する
生け垣の迷路の中にいた人たちも、皆姉の支配が解けているようだった。
「私は何故こんなところに……?」と不思議がる彼らの対応をダンフォース卿とロビンに任せ、私と王子は離宮へと走る。
だが離宮の目の前までやってきたところで、ふと上空が暗くなる。
反射的に上を見上げ、私は仰天してしまった。
「そんな、まさかドラゴン……!?」
まるで私たちの行く手を塞ぐかのように、黒い竜のような生き物が離宮の前に降り立ったのだ。
その姿は、前に本で見たワイバーンにも似ていた。ちょうど人ひとり乗れるくらいの大きさだけど……ドラゴンなんて初めてお目にかかった私は息が止まりそうになってしまう。
「あいつだ! 君が小さくされた直後に、鉤爪で掴んで連れて行ったのは!」
「えぇっ!?」
そんな、てっきり鳥か何かだと思ってたのに、私あんなヤバそうな生き物に運ばれてたんですか!?
「り、離宮の傍にあんな生き物いませんよぉ!?」
「あぁ、そうだろうな……」
王子は私を庇うように前に出る。その途端、離宮の玄関側に面した二階のバルコニーの扉が開き、中から人が現れた。
「あら、意外と早かったのね」
「姉さん!」
現れたのは、当然というべきか……私の姉さんだった。
私と王子を見てにやりと口角を上げると、姉さんはわざとらしく一礼してみせた。
「わざわざご足労いただき感謝いたしますわ。そのお礼に、わたくしの可愛いペットをご紹介いたします。ジャバウォックと言いますのよ」
姉さんの声に呼応するように、目の前の竜は鳴き声を上げた。
え、このドラゴン姉さんのペットなの!?
「ちょっと! 危険な生物を国内に持ち込む時はきちんとした手続きが必要なのよ!? ちゃんと法律を守って!!」
「相変わらずあんたの頭って、安物のパンみたいに固いのね、アデリーナ」
「あれはスープでふやかして食べるのよ!」
むっとした私に、姉さんはくすくすと笑う。
「まぁいいわ。あんたはここまで辿り着いたのだし、最後の勝負といきましょうか」
「最後の勝負……?」
「えぇ、お城を守るドラゴンなんて、いかにも夢想家のあんたが好きそうなシチュエーションでしょう? ……ジャバウォックを倒し、見事離宮の中に足を踏み入れることができたら、あんたの勝ちだと認めてあげるわ。もちろん、時間切れになったら私の勝ちだけどね」
姉さんはそう言って、自信満々に笑った。
そんな、ドラゴンと戦うなんて無茶すぎる……!
「とりあえず、ダンフォース卿を呼んで――」
「いや、俺が行こう」
王子がそんなことを言い出したので、私は焦った。
「何言ってるんですか王子! 危険すぎます!!」
「もう残された時間は少ない。ダンフォースを呼びに戻っていたら日が沈んでしまう」
確かに王子の言う通り、気が付けばいつのまにやら日が沈みかけている。
ダンフォース卿や他の人を呼びに言っていたら、時間切れになってしまいそう。
でも、王子がドラゴンと戦うなんて……!
「それに、君の姉はきっと俺でなければ認めないだろう」
「え……?」
「そう心配するな、アデリーナ。君が見ていてくれれば、俺は何者にも負ける気はしない」
そう言って不敵に笑う王子は……悔しいことに、いつにも増してかっこよかった。
……そんな風に言われたら、強く反対なんてできないじゃないですか。
「……無理だけはしないでくださいね」
「あぁ、任せろ」
「ご武運をお祈りしております」
そう口にすると、王子は「心配ない」とでも言いたげに頷いた。
そして、離宮の入り口を守るドラゴン――ジャバウォックの方へと向き直る。
「それじゃあ、お手並み拝見と行こうじゃないか」
ゆっくりと剣を抜き、王子は宣戦布告した。
その言葉に応じるように、ジャバウォックが吠える。
そして上空へ飛翔しくるりと旋回したかと思うと……一直線に、王子めがけて突進してきた!
私は思わず小さく悲鳴を上げてしまった。
だが王子は動じることもなく、軽く突進をかわした。
かと思うと、素早く体制を立て直しジャバウォックに切りかかる。
ジャバウォックも慌てたように身をひるがえしたが、王子の剣が体を掠め痛みに耐えるような鳴き声を上げた。
「すごい……!」
ドラゴン相手にもまったく怯まず、優勢に立っているなんて……!
コンラートさんから「王子も多少は剣の心得がある」とは聞いていたけど、これは予想以上だった。
「さすがです、王子!」
「ふん、口ほどにもないな。心配するな、アデリーナ。すぐに突破してやる」
王子は自信に満ちた顔で、再びジャバウォックに向かって剣を構えた。
だが再びジャバウォックに切りかかった途端、今度は半透明の赤いベールのような物が突如現れ、攻撃を阻まれてしまう。