12 Painting the roses white
「……準備はいい? ペコリーナ」
「フェッ!」
生け垣の迷路の入り口を見つめ、私は頼れる相棒――ペコリーナへと問いかけた。
ペコリーナは威勢よく返事をしてくれる。うん、やる気満々だね!
現在、私はペコリーナの頭の上にしがみついているような状態だ。
ちょっと不格好だけど、いつもみたいに背中に乗ったら前が見えないから仕方ない。
はぁ、小さい体って本当に不便です。
「よぉし、それじゃあ……みんなも大丈夫?」
そう声をかけ、背後を振り返ると……。
「メェ~」
「ンメェ~」
「メメメ~」
ペコリーナの背後に控える、何十頭もの羊軍団から威勢の良い返事が聞こえる。
この羊さんたちが今回の作戦の要となる。
戦意は上々。それでは、突入しますか!
「行くよ、ペコリーナ!」
「フェー!」
合図をすると、ペコリーナは私を乗せたまま勢いよくたったかたったかと走り出す。
その後ろをドドドド……と何十頭もの羊の群れがついてくる。
そう、今回の作戦は……この怒涛の羊を操られた皆さんにぶつけ、モコモコアタックで動きを封じるのです!
可愛い羊に追い詰められたら、陥落せずにはいられませんからね!
生け垣の迷路に突入すると、すぐに侵入者を警戒していた騎士さんと鉢合った。
「今よ、動きを封じて!」
「ンメメメ~!」
「くっ、なんだこのもふもふは……!」
三頭の羊さんに挟まれ、ふわふわの羊毛をこれでもかと擦り付けられた騎士さんは……なすすべもなくもふもふに溺れている!
「よし、作戦成功ね!」
この場は三頭の羊さんたちに任せ、私とペコリーナ、それに残りの羊軍団は次のターゲットを無力化しに生け垣の迷路を駆け抜けた。
「メメー!」
「んはぁ♡ こんなの抗えない♡」
「ンメー!」
「はぁ、なんという極上の手触り……」
「メメメメ~!」
「もっと、もっともふもふをくれ!!」
次々に立ち塞がる者たちをもふもふに溺れさせながら、私たちは駆けた。
生け垣の迷路を一周し、すべての羊さんがモコモコアタックに駆り出された頃には……もう迷路の中で私たちの邪魔をする者は残っていなかった。
「やったわ! ありがとうペコリーナ、それじゃあ奥の薔薇のところに向かってもらえる?」
「フェ~」
得意げに鳴いてみせたペコリーナは、たったかたったか迷うことなく迷路の奥へと向かう。
たどり着いたその場所では……。
「あと少しだ! 手を抜くなよ!」
「はいっ!」
「うぇ~、ペンキが飛ぶ~」
アレクシス王子にダンフォース卿、それにロビンが、一心不乱に赤い薔薇をペンキで白く塗っていた。
姉さんの白い薔薇を赤に変え、自らの魔法の媒介としている。
ということは、再び白く戻せば魔法が解けるのでは? というのが私の考えだ。
ちょうどトールペインティングの道具の中に白いペンキもあったので、私とペコリーナが陽動役となって皆さんを翻弄している間に、王子たちには薔薇を塗ってもらっていたのです。
私が着いた時には、既にほとんどの薔薇が白く塗り戻されていた。
やって来た私とペコリーナに気づくと、王子が嬉しそうに振り返る。
「アデリーナ! 無事でよかった……!」
あぁ、ペンキのバケツなんていう庶民的アイテムを手にしていても、王子は変わらずにキラキラと輝いていらっしゃるのですね……。
「フェ~」
「ペコリーナもよくやったぞ。さすがは我が妃の愛アルパカだ」
王子に褒められ、ペコリーナは嬉しそうに鳴いている。
「あとちょっとです! ここのてっぺんを塗り終われば……!」
ペンキまみれになりながら、ぶんぶんと飛び回って高いところの薔薇を塗ってくれていたロビンが、最後の薔薇に刷毛を滑らせる。
そして、すべての薔薇が白く塗られたその時……。
「わっ」
急に体が宙に浮かび上がるような感覚がして、私は思わずバランスを崩してしまう。
慌てて王子が抱き止めてくれたかと思うと、次の瞬間私の体は元の大きさに戻っていた。
「も、戻れた……?」
おそるおそる自分の体を確認していると、ぎゅっと王子に抱き寄せられる。
「……やはり、君はこの大きさが一番いいな。小さな君も妖精のように愛らしかったが、少し触れただけで壊してしまいそうで気が気じゃなかった」
「……もう大丈夫ですよ。私、これでも結構頑丈ですから」
二人で顔を見合わせ、くすりと笑う。
いつまでもこうしていたいけど、私たちにはやらなければならないことがありますからね。
私のかけられた魔法が解けたということは、きっと他の魔法も解けている。
ペコリーナに羊さんたちと一緒に牧場へ戻ってもらうように言い聞かせて、私は離宮の方角を見つめた。
さぁ、こんな大騒動を引き起こした姉さんをとっちめてやらないと!