10 お妃様、逃げる
無事に王子と合流を果たした私は、私の姉が魔女なのではないかという疑念を伝えた。
そのことを話そうとした途端に姉さんが現れて中断されちゃったからね。情報共有はきちんとしなければ。
「なるほど、君の姉は魔法の力で離宮に仕える者の心を操っている可能性がある……ということか」
「はい。私に魔法の力があるのなら、姉さんにあってもおかしくはないんじゃないかと思うんです」
しかも、この状況を見る限りは……姉さんは私よりもよほど魔法の力を使いこなしているようだ。
私はこんな人形みたいにちっちゃくなっちゃうし、離宮の皆は操られたままだし……。
でも、いくらなんでもあれだけ大人数の人間の心を長期間操るなんて、ちょっと信じられない。
何か仕掛けがあるのかもしれない。
「とにかく今は、離宮へ向かいましょう。一刻も早く姉さんを止めなければ!」
「そうだ。落ちるなよ、アデリーナ」
「はい!」
さすがにこんな姿じゃ歩いていくのも大変なので、王子の肩に乗せてもらうことにした。
私がいつもロビンにやっているスタイルですね。
でもこれ……案外バランスを取るのが難しい!
振り落とされないように、私は必死に王子の襟元に捕まっていた。
うぅ、今度からロビンを肩に乗せた時はもっとゆっくり歩いてあげよう……。
という感じでなんとか落ちないように王子の肩にひっついていると、向こうからこちらへ向かってくる人影が。
「あれは……」
「警護の騎士たちか、ちょうどいい」
「あっ、王子!」
ちょっと待ってください……と言う前に、王子は警護の騎士たちに向かって指示を出し始めた。
「ちょうどよかった。現在、アデリーナの離宮が彼女の姉であるヒルダ嬢に不法占拠されている。すぐに捕縛の準備を――」
そこまで言ったところで、ようやく王子も違和感に気づいたようだ。
目の前の騎士たちは、王子の目の前だというのにぶつぶつと何事かを呟きながら俯いている。
かと思うと、彼らはがばっと顔を上げた。
その瞳には、不気味な赤い光が宿っている。
これ絶対、姉さんに操られてるやつだ……!
「すべてはヒルダ様のために……」
「ヒルダ様のことだけを……」
「ちっ、駄目か……!」
すぐさま状況を悟った王子は、私を手のひらで抱えるようにして走り出した。
だが、背後からは騎士たちが追いかけてくる。
「これじゃあおちおち離宮に近づけないじゃないか……!」
王子が悔しそうにそう吐き捨てた。
どうやら姉さんは、あちこちに手駒を配置して私が離宮へ向かうのを妨害しているようだ。
――「ルールは簡単。日が沈むまでに離宮で籠城する私の元までやって来られたらあんたの勝ち。できなかったら私の勝ち。どう、簡単でしょう?」
一方的に訳の分からないゲームを持ちかけて、こんな小細工をして、本当に身勝手な……!
「あいつら……中々にしつこいな!」
ちらりと背後を振り返った王子が、苦々しくそう口にした。
その時、進行方向から心強い声が聞こえてくる。
「王子殿下、こちらです!」
見れば、ダンフォース卿がこちらへ向かって駆けてくるところだった。
彼の目はいつも通り澄み切っている。よかった、やっぱり彼は操られてないみたい!
「生け垣の迷路を利用して撒きましょう!」
そう言うと、ダンフォース卿は私たちを近くにある生け垣の迷路へと誘った。
離宮の傍にある生け垣の迷路は中々の力作で、よく散歩している私でさえぼんやりしていると迷ってしまうほどの場所だ。
だがダンフォース卿は完全に構造を理解しているようで、うまく角を曲がり私たちを導いてくれる。
やがて、生け垣の向こう側を先ほどの騎士たちが走っていく音が聞こえ、私たちはほっと安堵の息を吐いた。
とりあえずは、撒けたようだ。
「済まないダンフォース。助かった」
「いえ、当然のことです、王子殿下。妃殿下もご無事で何よりです」
「ありがとうダンフォース卿。あなたも無事でよかったわ」
「しかしこの迷路の奥はヒルダ嬢に操られたと思わしき者が多数徘徊しています。今のうちに、外へ出るべきかと」
「えっ、そうなの!?」
確かにこんな狭い道で鉢合わせたら大変だ。
十分周囲に注意して、私たちは生け垣の迷路の外へと脱出した。
とりあえずは作戦会議ですね。
王子と私がいきさつを話すと、ダンフォース卿も真剣な顔つきで口を開いた。
「王子殿下と合流する前に離宮へ向かいましたが、入り口が茨に囲まれ中へ踏み入ることは不可能でした」
「なんだと!?」
「更には、離宮と周辺の庭園もぐるりと茨に取り囲まれ、外へ応援を呼ぶのも難しそうです」
「姉さんの仕業ね……」
きっとそれも、姉さんの魔法なのだろう。
これだけ大規模な魔法をぼんぼん使うなんて、本当に何を考えてるの!?
「……姉君は、よほど妃殿下を『ゲーム』とやらに勝たせたくないようですね」
「いい迷惑よ……! こんなにたくさんの人を巻き込むなんて……」
そこまでして、私から王太子妃の座を奪いたいの……?
「……心配するな、アデリーナ。俺は何があろうと君を手放す気はない」
私の不安を察知したのか、王子がそっと胸元に抱き寄せてくれる。
……はい。私だって、あなたのお傍を離れるつもりはございませんから。
不安に苛まれたって、いい考えは浮かんでこない。
落ち着かなきゃ……。