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9 女王様の遊戯場

「あーら、お人形さんみたいね」


 姉の手がぬっと伸びてきて、私の体はいとも簡単にまみ上げられてしまう。


「アデリーナを放せ!」

「あら王子殿下、そんなに怖い顔で怒鳴られたら……うっかりアデリーナを握りつぶしちゃうかもしれませんよ?」

「くっ……!」


 王子が私を助けようとしてくれたけど、姉は動じることもなく私の胴体を掴む手に力を込めた。

 うぎゃ、苦しい……。侍女たちにコルセットで締められてる時みたい……!

 姉は愉快そうに私の体を持ち上げると、まるで人形遊びをする幼子のように私に語り掛けてきた。


「ねぇアデリーナ、久しぶりにゲームをしましょう。あんたが勝ったらすべての魔法を解いて、私はここを去ってあげる。私が勝ったら……おとなしく私の言うことを聞いてもらうわ」

「嫌よ、姉さん負けそうになるといつもチェス盤をひっくり返すじゃない!」

「残念ながらあんたに選択権はないわ」

「意地悪!」


 いつもそうだ。そうやって勝手に話を進めて……!


「ルールは簡単。日が沈むまでに離宮で籠城する私の元までやって来られたらあんたの勝ち。できなかったら私の勝ち。どう、簡単でしょう?」

「姉さんがなんの細工もしてなきゃね……。早く、私の体を元に戻して!」


 今の私のサイズは、おそらくりんご2個分の背丈のロビンよりも更に二回りほど小さいはず。

 こんな体で、離宮にたどり着くのはどれだけ時間がかかるか……考えたくもない。

 だがそう訴える私ににやりと笑うと、姉さんは勢いよく私の体を上空に放り投げたのだ。


「嫌よ。ルールを決めるのは私なんだから!」

「ちょっと待っ……きゃあ!」


 勢いよく上空に放り出された私の体は、がっしりと何かに捕まれ、そのままどこかへと運ばれていく。

 えっ、これは何? 背中を掴まれているから確認できないけど、鳥なの!?


「アデリーナ!!」


 どんどんと鳥(?)に運ばれていく私を、慌てたように王子が追いかけてくる。

 だが、王子との距離もどんどんと引き離されてしまう。


「王子……! このっ、離してよ!」


 無茶苦茶に暴れると、唐突に鳥(?)は私の体をぱっと離した。

 当然、私の体は一気に上空から地面に落下して……。


「きゃああぁぁぁぁ!!」


 確かに離せって言ったけど、こんな高所から落とすなんてひどいじゃない!!

 あぁ、まさか魔法で小さくされた上に落下死なんて……神様、私が何をしたというんです?

 そんな風に世をはかなみかけたけど、唐突に私の体は何か柔らかな物の上に落ちて、ポヨンとバウンドして案外安全に地面に降りることができた。


「生、きてる……よね?」


 おそるおそる自分の手足を確認する。よし、ちゃんとついてるし動く!

 上を見上げると、辺りにいくつかのパラソルのような物が見える。

 おそるおそる触ってみると、ぼよよんと弾力のある感触が。

 これは、もしかして……。


「私が育ててるキノコ?」


 どうやら私は、最近栽培し始めたキノコの上に運よく落下したようだ。

 ということは……ここは離宮の傍の林の中かな?

 姉さんが無理やり始めたゲームだと、私が離宮に籠城する姉さんの元へたどり着けば勝ちだと言っていた。


「……いいわ。さっさと終わらせてやるんだから」


 道はわかっているのだから、さっさと離宮へ向かえばいい。

 そう考え、私は歩き出した。

 だがすぐに、その目論見が甘かったことを思い知らされてしまう。


「と、遠い……!」


 この体の小ささを舐めていた。

 なにしろ一生懸命走っても、普段の歩幅の何十分の一しか進まないのだ。

 ロビンみたいに羽が生えていて空が飛べればよかったのだけれど、残念ながら今の私に許された手段は地道に歩いていくしかない。

 しかも……。


「ヒッ!」


 近くの草陰からガサゴソと音がして、私は慌てて傍らのキノコの影に隠れて息をひそめた。

 ちらりと覗くと、しゃなりしゃなりとカマキリが通り過ぎていくのが見える。

 普段なら何とも思わない虫でも、自分と同じくらいの背丈があるのを見ると恐ろしくてたまらない。

 戦ったって勝ち目があるはずがない。そのため、何かの気配を感じるために私はこうして息をひそめてやり過ごさなければならないのだ。

 これじゃあ、離宮へたどり着くまでにどれだけの時間がかかってしまうのか……。


「……急がなきゃ」


 泣き言を言ってる時間はない。早く姉さんの元へたどり着いて、この馬鹿げたゲームを終わらせなきゃ。

 ……と、勇ましく一歩を踏み出したのはいいものの――。


「ひいいぃぃぃぃ!!!」


 すぐに、私はその不用意な行動を後悔することになってしまった。


 現在、なんとカマキリに追いかけられております!

 早く離宮へ急がなきゃ! と走っていたら、うっかり鉢合わせちゃったんだよね。

「あら、ごきげんよう」と静かに去ろうとしたけれど、もちろんカマキリさんは見逃してくれなかった。

 かくして、地獄の鬼ごっこが始まったわけです。もう勘弁して……!


 必死に走っていると、前方が明るくなっているのが見えた。

 林を抜けて、舗装された道へと続く場所だ。

 あそこまで逃げられれば、なんとかならないかな……!

 なんて一縷いちるの望みを抱いた時、更に天の救いのような声が聞こえてきた。


「アデリーナ、どこだ!?」


 あれは、アレクシス王子の声! 

 王子が近くにいるんだ!


「王子、私はここです!!」

「アデリーナ!? 近くにいるのか!」


 やがて、巨人のようにも見える王子の姿が見えてくる。

 でも彼には、足元の草で私の姿が見えないようだ。


「王子!」


 喉が枯れるくらいに必死に叫ぶ。

 一瞬、王子と目が合った気がした。

 だがその途端、背後で剣呑な気配が。

 反射的に振り返ると、すぐ背後まで迫っていたカマキリが鎌を振り上げている。

 あぁ、あとちょっとなのに……!

 襲い来る恐怖で、ぎゅっと目を瞑ってしまう。


 その直後――。


「わっ!?」


 ズシン、とまるで地鳴りのような音が響き渡り、私の体も跳ねてしまった。

 おそるおそる目を開けると、カマキリはその音に驚いたように私に背を向けて逃げていく。

 頭上を見上げれば……そこには安堵したような表情を浮かべた王子の姿が。


「アデリーナ、よかった……」


 屈みこんだ王子が、優しく手のひらを差し伸べてくれる。

 そっとその手のひらの上に乗ると、王子が目線の合う高さまで持ち上げてくれる。


「今すぐ抱きしめたいが……君を潰してしまいそうで恐ろしいな」


 そんなことを言う王子に、私は笑おうとしてちょっぴり涙が出てしまった。


「……見つけてくださって、ありがとうございます」

「当たり前じゃないか。どんな姿でも、君のことがわからないはずがない」


 そっと胸元に身を摺り寄せると、王子が優しく手のひらで背中を包んでくれる。

 でも……できれば、早く元の姿で抱きしめてほしいな。


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