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5 王子様、お妃様を心配する

「アデリーナ!」


 離宮から少し離れたところにある、まるで古代の神殿を模したかのような円形の小さなガゼボ。

 そこに、王子はいた。

 周囲を見回し、姉さんがいないことを確認して……私は慌てて王子に近づく。

 周囲を木立に囲まれたこの場所は、確かに見つかりにくいだろうけど……。


「しばらくは来ないで下さいと、あれほど申し上げましたのに……!」


 ……こんな可愛くないことしか言えない自分が情けない。


 本当は、王子に会えて嬉しい。

 彼の姿を目にしただけで心が弾み、その胸に縋りたくなってしまう。


 でも、今の私にそれは許されない。

 彼に甘えれば、きっと弱音を吐いてしまう。

 そうすれば、彼はきっと黙っていない。姉の元へ直談判しに行ってしまう。


 ……それが、何よりも怖い。


 私は必死に、平気な振りをしてツンと取り澄ました表情を顔にはりつけた。

 でも、そんな私の状態は王子には筒抜けだったようだ。

 彼が手を伸ばしたかと思うと、強張った頬にそっと優しい手が触れる。


「……少し痩せたな」


 顔を上げると、こちらを心配するようなライラック色の瞳と視線が合った。

 それだけで、たまらなくなる。

 優しく抱き寄せられてしまうと、必死に張っていた虚勢が剥がれ落ちてしまう。

 泣きたくなるのを必死に堪え、きゅっと指先で王子のシャツの胸元を掴む。

 その途端、更に強く抱きしめられ耳元で囁かれた。


「アデリーナ、君が弱っているのを見るのは俺もつらい。君の身内について、君が嫌がるのなら介入は控えようと思っていたが……これ以上はそうもいかない」

「駄目です、姉さんに会わないで……!」


 表情を隠すようにぎゅっと胸元に顔をうずめながら、私は必死に懇願こんがんした。


「だが……」

「私は大丈夫です。だから、お願いします……!」


 姉さんと王子が会って、もしも王子が姉さんに心奪われてしまったら……。

 そう考えるだけで、胸が張り裂けそうになる。

 あり得ない想像だと笑うことはできなかった。

 だって、長い時間を過ごしすっかり打ち解けたと思っていた侍女たちでさえ、あっという間に姉さんの虜になったのだ。


 ……王子だってそうならない保証はない。


 私の目から見ても姉は魅力的だ。

 華やかで妖艶な容姿は、老若男女問わず他者の視線を引き付ける。

 女王のように高飛車な性格でさえ、彼女の魅力を引き立てるスパイスにしかならない。

 姉と私が並べば、私はただの地味で冴えない引き立て役としか認識されないのだから。

 王子と結婚して、お妃様になって……少しだけ、自分に自信を持つことができたのに。

 また、誰にも顧みられることのない惨めなアデリーナに戻ってしまう。


 ……それが怖かった。


 だから、私は私の居場所を守らなければ。

 そっと王子から距離を取り、顔をあげる。


「すぐに、姉とは話をつけます。だからもう少し待ってください」


 精一杯虚勢を張りながら、なんとかそう告げる。

 声が震えなかったのは、奇跡かもしれない。


「……わかった」


 王子は苦渋くじゅうにじませた表情で、それでも私の言葉に頷いてくれた。


「だが、無理はしないでくれ。もしも君の身に何かあったら、たとえ君の身内だろうが俺は許せそうにないからな」


 そう言うと、王子は私の額に優しく口づけを落とした。


「一刻も早く、堂々と君と会える日が来ることを願っている。それまでは、君の贈り物を君だと思って我慢するか」


 そう言うと、王子は懐から小さな小瓶を取り出した。

 あれは……私が試しに作って、ロビンに届けてもらったお守りだ。

 王子、肌身離さず持ち歩いてくださっているんですね……!


「コンラートとゴードンも喜んでいた。君は何につけても器用なんだな」

「いえ、そんなことはありません。私よりもダンフォース卿の方がよっぽど器用なんですから」


 思わずそう口にすると、王子はくすりと笑った。

 つられるようにして、私も笑ってしまう。

 そうすると、心の中にわだかまっている不安が少しだけ小さくなったような気がした。


 ……やっぱり王子はすごい。


 彼とこうして話すだけで、幸せな気分になれる。

 早く、前のように彼と会える日々を取り戻したい。

 話をしているうちに、あっという間に時間は立ってしまう。もたもたしていたら、姉にここを嗅ぎつけられてしまうかもしれない。

 名残惜しいけど、王子にはお帰りいただくことにした。


「……アデリーナ、何度も言うが何かあったらすぐに俺を頼れ。俺はいつだって君の味方だ」

「はい、ありがとうございます……アレク様」


 名残惜しそうに何度もこちらを振り返りながら、王子は本宮殿の方へと帰っていく。

 引き留めたくなるのをぐっと堪え、私は見えなくなるまでその背中を見送った。

 彼の姿が見えなくなった途端、寂しさがこみあげてくる。

 まるで、世界に一人ぼっちで取り残されたような……そんな、言いようのない不安が足元からじわじわと迫ってくるような気がした。


「大丈夫、大丈夫……」


 必死に自分にそう言い聞かせ、私は胸に手を当て息を吸った。

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