13 お妃様、王子様とダンスを踊る
王子にそうまで言われてしまっては、私に断るという選択肢は残されていない。
「さすが運命的に出会ったお二人……!」という周囲の期待の視線をビシバシ浴びながら、仕方なく王子と向かい合う。
王子からは無言の圧力をひしひしと感じる。
……そうですよね。一応私たち、王子が舞踏会で運命的に私を見初めたって設定でしたもんね……!
私が王子を差し置いて、別の殿方を指名したら変ですよね。すっかり忘れておりました。
先生の合図に合わせて、私と王子はそっとステップを踏む。
意外なことに、王子のリードは巧みで丁寧だった。
ダンスが苦手な私でも、彼に身を任せていれば何とかなってしまうくらいには。
そういえば、王子がエラを見初めたあの舞踏会の時……私は、こんな風に踊る王子とエラをギャラリーとして眺めていたのだった。
麗しの王子と、颯爽と現れた美しい姫君。
そんな二人の姿は夢みたいに幻想的で、お互いが運命の相手だと言われても納得できてしまうくらいにお似合いだった。
二人は物語の主役で、私はただの傍観者。
そのはずだったのに……今は、私があの時のエラのように、王子と踊っている。
それが、今でも信じられない。
そっと視線を上げると、じっとこちらを見ている王子と目が合う。
宝石のように美しいライラック色の瞳が、私を映している。
そう意識した瞬間、私の心に焦りが生じてしまう。
だって、おかしい。私はただの傍観者、ただの脇役。
本来なら、こんな風に王子と踊ることなんてありえないはずなのに……!
「っ……!」
調子が狂い足がもつれてしまった私を、王子が慌てたように支えてくれる。
「どうした、何かあったのか」
私の変調を、王子も敏感に感じ取ったのだろう。
周囲には聞こえないように、彼は私を支えながら小声で問いかけてきた。
「だって、こんなのおかしいんです……」
「何がおかしい」
「私は、エラのようには――」
私は、王子の運命の相手じゃない。
エラのように美しくもない。まるで世界に祝福されているような、誰にでも愛される妹のようにはなれない。
私に、王子の相手は務まらない……!
思わず俯くと、そっと王子の手が私の肩に触れる。
そのまま、彼はそっと私の体を抱き寄せた。
そして、耳元で囁く。
「今、俺の前に居るのは誰でもない……君だ」
その言葉に、鼓動がトクンと音を立てる。
「ある意味、俺たちは運命共同体だ。そうは思わないか? ……フィオリーナ」
…………ですよねー!
運命共同体だと言うのなら、せめて私の名前くらいは覚えてくださらないかしら……!
はぁ、あぶないあぶない。うっかりときめきかけてしまう所だった。
でも、王子のそんな残念っぷりのおかげで、少し目が覚めた。
ここで泣き言なんて言ってもどうにもならない。
私がお妃様の器じゃないのは百も承知しております。
だからせめて、本当にお妃様にふさわしい御方が現れるまで……何とか取り繕わなければ!
「妃殿下、どこか御加減でも……」
「いいえ、大丈夫よ。練習を再開しましょう」
気を取り直して、もう一度アレクシス王子とステップを踏む。
せめて少しでも……彼の妃らしく見えるように、意識しながら。
「素晴らしい! さすがは王子殿下と妃殿下ですわ!!」
ふと気が付くと、伯爵夫人は大喜びで私たちに拍手を送っていた。
よかった……どうやら先生から見ても及第点だったみたい。
「中々じゃないか、フィオリーナ。今の君なら公的な場に出しても、ひどい失敗はしないだろう」
満足げな表情で、王子がそっと私にそう囁く。
それは良かった……と言ってもいいのかどうか微妙な評価である。
まあでも、合格ラインに到達したのならそれで良しとしましょうか。