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4 お妃様、恐れる

 しかしそれからも、姉さんはことあるごとに私の行動に文句をつけてきた。


「料理なんてシェフにやらせておけばいいじゃない」

「王太子妃なんでしょ? もっと派手にパーティーでも開きなさいよ」

「そんな使用人みたいな恰好でうろうろして……新しいドレスを買うお金もないの?」

「ていうか全然王子が来ないじゃない。愛想尽かされてるのね」


 はー! ほっといてください!!

 料理もエプロンドレスの着用も私が好きでやってることだし、パーティーはこの前ハロウィンパーティーを開いたばかりだし、姉さんの滞在中は王子の訪問もこちらからご遠慮いただいております!


 ……なんてぶちまけたいのを、私はぐっとこらえた。


 できれば姉さんと王子を会わせたくはない。

 元々姉さんは、王子の妃選びの舞踏会にもノリノリで乗り込んでいったのだ。

 そんな姉さんと王子が出会ってしまったら……どうなるかなんて、考えたくはない。


 王子の気持ちを信じていないわけじゃない。私は彼に、十分すぎるほどに大切にされている。

 でも、長年染みついた固定概念こていがいねんはそう簡単には変わってくれない。

 姉さんと私が二人並んでいたら、私の方を選ぶ人なんて(ごく一部を除いて)誰もいない。

 もし、もしも王子が私よりも姉さんに心惹かれてしまったりしたら……きっと、私の心はずたずたに引き裂かれてしまう。


 二人が見つめ合っている情景が頭に浮かんできて、私は慌てて頭を振ってその光景を振り払った。

 今は一刻も早く、姉さんが私に茶々を入れるのに飽きるのを願うだけだ。


「妃殿下、紅茶をお淹れいたします」


 どんよりとしたオーラを纏う私を気遣ったのか、侍女がそう声をかけてくれた。


「ありがとう……姉さんはどうしてるかわかる?」

「ヒルダ様は、庭園を散策されているそうです」


 思わずため息が零れてしまう。

 私には文句をつけてばかりの姉さんだけど、庭園のことは気に入ったようでよく散策しに行っているらしい。

 まぁ、綺麗だもんね。私にもその気持ちはよくわかる。

 姉さんの行動を見張る、スパイのような役目をさせてしまってる侍女には申し訳ないけど……。


「そう……迷惑をかけてごめんなさいね」


 そう呟くと、報告をしてくれた侍女は滅相もないとでもいうように首を横に振った。


「いいえ、迷惑なんてとんでもありませんわ」


 よかった、私の周りにいるのは優しい人ばかりで――。


「ヒルダ様はとても素敵な方ですね! あんなに魅力的な御方には初めてお会いしました!」

「ぇ…………」


 嬉しそうにそう話す侍女に、思わずティーカップを取り落としそうになってしまった。


 ……あぁ、恐れていたことが起きてしまった。

 私の平穏な日常が、塗り替えられていく音がしたような気がした。



 ◇◇◇



「ヒルダ様、またあのお話を聞かせてください!」

「こちらはいかがですか? 珍しいお茶なんです」

「そのドレスも、まさにヒルダ様一人だけのためにデザインされたようで――」


 窓の外からは、きゃいきゃいと楽しげな声が聞こえてくる。

 書斎で魔導書を読んでいた私の耳にも、しっかりと侍女たちが姉さんをもてはやす声が耳に届いてしまう。

 私が気づかない間に、姉さんは離宮で働く者たちを老若男女関係なくとりこにしてしまった。


 ……そうだよね。私みたいに地味な人間よりも、姉さんみたいに華やかな女性に仕える方がよっぽど楽しいに決まっている。

 姉さんが大輪の薔薇なら、私は野に咲くスミレ……いいや、地面に生える有象無象うぞうむぞうのキノコなのかもしれない。


 実家にいた時は、これが当たり前だった。

 皆が姉さんの周りに集まり、私なんていてもいなくても変わらない背景扱い。

 久方ぶりの感覚に、苦々しい思いで唇をかむ。


 ここに来てからの日々が、思いのほか楽しかったから……私は変われたのだと思っていた。

 でも実際は、何も変わっていなかったのかもしれない。

 姉さんが帰って来ただけで、こうして私なんて目立たない脇役に戻ってしまったのだから。


「はぁ……」


 魔導書を読んでいても、実際の内容はなかなか頭に入ってこない。

 媒介ばいかい魔術の説明が、右から左へと抜けていく。


「アデリーナさまぁ~! 聞いてください!!」


 その時、少し開けられた窓から半泣きのロビンが室内へと飛び込んで来た。


「あの女の人、僕のことを捕まえて鳥籠に入れようとしたんですよ!?」


 涙目で姉さんの横暴っぷりを訴えるロビンの背を、よしよしと撫でてあげる。

 こんなに可愛らしいロビンでも、姉さんのお気には召さなかったようだ。

 なんでもロビンを見るとすぐに、恐ろしい顔で捕まえようとしたのだとか。

 姉さんは虫嫌いだし、ロビンのことも虫の一種に思ったのかもね。


「それは怖かったわね。私の方から姉さんにやめるように言っておくわ」

「うぅ、そうしてください……。あっ、それともう一つ……」


 ロビンは私の耳元までやってくると、こしょこしょと小声で教えてくれた。


「アレクシス王子が離宮のすぐ傍まで来てますよ」

「えっ、王子が!? どうして?」

「そんなの、アデリーナさまに会いたいからに決まってるじゃないですか~」


 にやにやしながらそう口にするロビンに、じんわりと胸が熱くなる。

 なんでも王子は、姉さんと鉢合わせないように離宮から少し離れたところに来てくださったのだとか。


「行きましょうよ、アデリーナさま!」


 ロビンに促され、私は静かに立ち上がる。

 ちらりと、窓の外へ意識をやると、相変わらず侍女たちが姉さんを取り巻いているようだった。


 ……ちょっとだけなら、王子にお会いしても大丈夫だよね?


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― 新着の感想 ―
[気になる点] でも、長年染みついた固定概念こていがいねんはそう簡単には変わってくれない。 「固定観念」「既成概念」が混じっているのでは?
[一言] さて、どうなる事やら
[一言] 短期間で使用人たちをとりこにしちゃうなんて…ヒルダさんは魅了の魔力者だったのかしら? アデリーナ様の平和が乱されまくってるのが嫌なので彼女を早く退場させてください。 て、いうか、アデリーナ様…
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