3 お妃様、思い悩む
ヒルダ姉さんと私は、間違いなく血が繋がった姉妹のはずなのに驚くほど似ていなかった。
燃える夕焼けのような美しい茜色の髪に、華やかで蠱惑的な顔立ち。
幼い頃から、姉はどこにいても人の視線を引き付けずにはいられなかった。
彼女が微笑むだけで、皆が一瞬で虜になるのだ。
もちろん、彼らにとって姉の横にいる地味な私はただの背景でしかない。
物心ついた時からそうだったから、私はそれが世界の摂理だと思っていた。
この世界には二種類の人間がいる。
姉さんのように、皆に愛され物語の主役になれるような人間と……私のように、誰にも気付かれない地味な脇役だ。
……悲しいと、理不尽だと思ったことがないと言えば嘘になる。
でも、すぐに諦めた。
脇役が主癪に逆らうようなことがあってはならない。
私は姉の引き立て役、姉の添え物。
それが運命なんだと受け入れるしかなかったし、姉もそれが当たり前のことだと思っていたのだろう。
母が再婚してからも、それは変わらなかった。
新しく義妹となったエラは、姉と同じく……いや、姉よりも「物語の主役」にふさわしい人間だった。
だから姉はエラが気に入らなかったのだろう。
ことあるごとに、エラに意地悪をしてその輝きを曇らせようとしていた。
でもそんなエラは魔法使いと駆け落ちをして、私は成り行きで王子と結婚することになって、姉は不思議と姿を消して……そうして、今に至る。
このお城にやって来てから、色々なことがあった。
不変だと思っていた世界の摂理は崩れ、私は自分が脇役だからと、何もかも諦める必要はないのだと知った。
でも……なぜだろう。姉の姿を見ると、やけに胸騒ぎがしてしまう。
まるで、今の私を包む優しい世界が崩れてしまうような……。
「妃殿下、ヒルダ様をゲストルームにご案内いたしました」
そう報告してくれた侍女に、私は心から感謝と謝罪をした。
「ありがとう。急にごめんなさいね……」
いきなり離宮へ押しかけて来た姉を、私はとりあえず客人として離宮に泊めることにした。
もちろん、事前にここに来るなんて聞いていないし、姉さんはどんな手を使ったのやら止められることもなくここへ入って来たのだ。
まぁ、あのヒルダ姉さんなら王宮内に姉さんの手駒……という名の信者がいてもおかしくはない。
「不法侵入よ! 捕らえなさい!」と追い出すこともできたけど、私の身内がそんなことをしでかしたと知られれば、また宮廷の人たちにひそひそされてしまうかもしれない。
かくして醜聞を恐れた私は、なるべく早く帰ってくれることを願いながら穏便な手に出たのである。
「はぁ、なんで今更……」
ずきずきと痛む頭を押さえながら、慰めにリラックス効果のあるハーブティーを口にする。
……幼い頃からの思い込みのせいか、私は姉に対して強く出ることができない。
彼女の前に立つと、その圧倒的な存在感に気圧されてしまうのだ。
私なんて取るに足らないちっぽけな人間だと、惨めな存在だと思い知らされるような気がして……あまり、真正面から向かい合いたい相手ではない。
別に、恨んでいたり復讐したいわけじゃないんだけどね。
いなくなった時は少し心配もしたし、無事な姿が見られてほっとしている部分もある。
ただ……少しだけ、感傷的になってしまうだけだ。
◇◇◇
迎えた翌日。朝が来ても起きてこない姉さんのことは放置して、私はいつものように畑仕事に精を出していた。
お昼過ぎになってやっと起床したと思われる姉さんは……わざわざ畑にまで私を馬鹿にしに来たようだ。
「ちょっと、何やってるのよ。王太子妃っていうのは自給自足しなければいけないほど貧しいわけ?」
そう声をかけられ、渋々振り返る。
ご丁寧にばっちりドレスアップと化粧を済ませた姉さんが、嘲るような目つきでこちらを見下ろしていた。
「昨日も下働きみたいな恰好だったし、こんな辺鄙な離宮に追いやられているし……やっぱり、妃っていうのはあくまで形だけなのね」
その馬鹿にするような物言いによっぽど言い返そうとも思ったけど、私はなんとか気を落ち着かせて喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。
たとえ私が反論したとしても、姉さんがそれを信じるとは思えない。
それどころか、むきになって更に過激な行動を起こす可能性もある。
そう考えると、言いたいように言わせておくのが一番な穏便な方法だ。
「……これは私が好きでやってるの。放っておいて」
「ふぅん……相変わらずみみっちいのね」
姉さんはつまらなそうに鼻を鳴らすと、そのまま立ち去って行った。
はぁ、行ってくれてよかった……。
それにしても、姉さんが周囲をうろうろしているのはなんていうか……精神衛生上よくない。
こんな時は何か楽しいことを……そうだ!
最近栽培を始めたキノコの原木を見に行こう!
たくさん採れたら、みんなでキノコパーティーをしちゃうんだから!
頭の中にいくつものキノコ料理を思い浮かべて、私は何とか姉さんのことを思考から追い出そうと努力した。