2 招かれざるお客様
「アデリーナさまぁ、お仕事終わりましたよ!」
少し上空から声をかけられ、書斎で読書に没頭していた私は書物に釘付けだった視線を上げる。
そこには、小さな妖精の男の子――ロビンがふよふよと飛びながら得意げにこちらを見つめていた。
「ほら、ご所望のお花です! 薔薇は白いのしか咲いてなかったんですけど」
「ありがとうロビン、助かったわ」
パンジー、コスモス、アベリア……それに、雪のように真っ白な薔薇。
庭師さんが丁寧に世話をしてくれている花々は、うっとりするほど美しい。
花を摘んできてくれたお礼にスミレの砂糖漬けを食べさせてあげると、ロビンは頬を上気させ喜んでいた。
「えへへ、またなんでも頼んでくださいね! それで……この花は何に使うんですか?」
「これはね、お守りを作ろうと思ってるの」
「お守り?」
「えぇ、実は初心者用の魔導書を手に入れてね」
そう言って、私は手元の本をロビンに見せてあげた。
これは、王子が私のために手に入れてくださった魔導書だ。
魔導書と言えば口にするのもはばかるような過激な内容が書かれていたり、そもそも難しすぎて私にはちんぷんかんぷんな物も多いけど……これは、その中でも魔法や魔術を使えない人にもわかりやすく書かれた貴重な本なのです。
最近は私の魔法の暴走もだいぶ落ち着いてきたし、このあたりで本腰を入れて魔法の勉強をしようと、近頃の私はこうして魔導書を集めている。
魔術師さんによれば私の使う魔法と一般的な魔術は質が異なるらしいけど……基礎的な部分は勉強しておきたいもんね。何かの役に立つかもしれないし。
「植物や鉱石は自然の魔力を多く含んでいるから、うまく使えば魔術的なお守りになるんですって」
「確かに、前に僕たちが作った惚れ薬にもお花を入れましたもんね」
「そうそう、妖精王の郷の植物ほどの力はないだろうけど……気休め程度にはなるかもしれないでしょ?」
例えば危険を遠ざけたり、幸運を引き寄せたり、ほんのわずかな力が働くのだという。
細かく砕いた鉱石や小さな花びらをいくつか組み合わせて、小瓶へと詰めていく。
「はい、これはロビンのね」
「えっ、僕のもあるんですか!?」
「えぇ、大切にしてくれると嬉しいわ」
「もちろん、大切にします!」
特に小さな小瓶は紐を通して、ペンダントのような形にしておいた。
サイズが合うか不安だったけど……うん、ロビンにぴったり!
「ありがとうございます、アデリーナ様!」
嬉しそうに私の周りを飛び回るロビンに、私の胸もほんわかしてくる。
よかった、喜んでもらえて。
「じゃあ、もう一つお仕事を頼んでもいい?」
「もっちろん! なんでもお任せあれ!」
「このお守りを、王子たちに届けてほしいの。できる?」
「あははぁ、そんなの簡単ですよ!」
そう言うやいなや、ロビンはお守りの小瓶の入った袋を持って窓から飛び立っていった。
いつもお世話になっている皆様へのプレゼント、ちゃんと届けてね、ロビン。
ロビンの姿が見えなくなるまで見送って、私は立ち上がり控えていたダンフォース卿へと声をかけた。
「というわけでダンフォース卿、つまらないものだけど……」
おずおずと小瓶の一つを差し出すと、ダンフォース卿はわざわざ跪いて受け取ってくれた。
「身に余る光栄です、妃殿下。わが命よりも大切にいたします」
「普通に命を優先して!」
冗談なのか本気なのか、そんなことを言いだすダンフォース卿に私は慌ててしまった。
とりあえず、これはただお試しで作ったお守りなので普通に自分の身を優先するように約束してもらって、私はやっと一息つくことができた。
はぁ、ちょっと疲れたしここでティータイムでも……と、考えた時だった。
「え……」
急に、空気が変わったような気がして肌がぞわりと粟立つ。
「妃殿下?」
ダンフォース卿は気づいていないようだ。でも私は、確かな異変を感じ取っていた。
近くに、何かがいる。どんどんとこちらへ近づいてきている。
この強い気配は……何?
私よりもよっぽど人の気配に聡そうなダンフォース卿が気づいていないということは、まさか魔術的な何かが……!?
「……ロビン!」
大変だ。ロビンがお使いに出たばかりなのに!
「妃殿下、どちらへ!?」
「ロビンを探しに行くの! もしかしたら、何か危険が近づいているかも……!」
立ち上がり小走りに駆けだすと、慌てたようにダンフォース卿もついてきた。
書斎を飛び出し、エントランスホールへと続く大階段の最後の段を降りた時だった。
突如として、離宮の玄関扉が勢いよく開け放たれたのだ。
「っ……!」
急に外からの光が入り、眩しさに腕で目を覆ってしまう。
そして、やっと目が慣れてきたときに、そこに立っていたのは――。
「あら、王太子妃っていうからどんなに優雅な生活をしてるのかと思ったら……相変わらずみすぼらしいわね、アデリーナ」
目の前の人物の姿に、私は驚きに目を見開いてしまった。
赤と黒を基調とした派手なデザインのドレスが、嫌味なほどよく似合っている。
妖艶な笑みを浮かべて、挑戦的な視線でこちらを見据える様などは……誰に膝を折ることもよしとしない女王のようだった。
鮮烈な存在感で他者を引き付けてやまない、この女性は……。
「妃殿下、お下がりください」
アポも案内もなく突如として現れた謎の存在に、もちろんダンフォース卿は警戒をあらわにした。
私を背後に庇い、剣を抜こうとしたので……私は慌ててその手を押しとどめた。
「待ってダンフォース卿! この人は……私の姉さんなの!!」
「……え?」
珍しくぽかんと驚いた表情のダンフォース卿に目配せして、私は目の前の女性――ヒルダ姉さんへと向き直った。
「……ここへ来るなんて、聞いていなかったけど」
「あら、私はいつだって私のしたいようにするだけよ。私が自分の行きたいところに向かうのに、どうして誰かの許可が必要になるのかしら?」
勝手に入って来たとは思えないほどの尊大な態度。
相変わらずの女王様のような傍若無人っぷりに、私は乾いた笑いを浮かべてしまった。