10 お妃様と冬を呼ぶ妖精たち
「王子、妃殿下、よくぞご無事で……」
「お騒がせして申し訳ございません!」
山を下りて皆と合流した私は、とりあえず謝り倒した。
もとはといえば、私がうっかり危険な吹雪に近づいてしまったせいで皆とはぐれてしまったのだ。まぁ、そのおかげで吹雪を止める糸口が見つかったんですけどね。
幸いにも「王太子夫妻が雪山にて行方不明!」なんてセンセーショナルなニュースが都を席巻する前だったので助かった。
心配してくださった方々に土下座の勢いで謝って、ほっと一息つく。
「結果的に俺たちは吹雪を止めることに成功したんだ。これは大きな成果だぞ、アデリーナ」
ちらりと窓の外に視線をやると、村人たちが空を見上げてはしゃいでいた。
久方ぶりの青空の出現に、皆の沈んでいた気分も浮上したようだ。
私と王子が村長宅の外へ出ると、わっと村人に取り囲まれる。
「ありがとうございます、王子様、お妃様!」
「お二人はこの村の救世主です!」
「あぁ、なんと神々しい……」
もはや崇める勢いでお礼を言われ、私は慌ててしまった。
だが王子はこんな状況にも慣れていらっしゃるのか、少しも動じることなく高らかに宣言した。
「案ずることはない。俺がいる限り、この国の民を一人たりとも見捨てはしない」
堂々とそう言い放つ王子の姿は、いつにも増して凛々しかった。
……隣にいる私まで、うっかり見惚れてしまうくらいには。
容姿だけではない。彼という存在そのものに惹きつけられてしまうのだ。
「この人にならついていける」という、陶酔のような念を抱かずにはいられない。
村人たちもぽぉっと王子に見惚れているのが手に取るようにわかる。
……ちょっとだけ、嫉妬のような感情を抱いてしまったのは内緒です。
少しでも王子に不釣り合いだと思われないように、私も精進しなければ。
「また困ったことがあればいつでも相談してくださいね」
「はい! お妃様!!」
たくさんの笑顔に囲まれて、確かな達成感に満たされる。
ちょっとは皆を幸せにできるような、善良なお妃様兼魔法使いに近づけたかな?
そうして、大勢の人に手を振られながら、私たちは村を後にしたのでした。
「はぁ、疲れましたね……」
がたごとと馬車に揺られながら、私はうーんと伸びをした。
たくさん雪が積もる山道を歩いたり、鷹さんと睨み合ったり……事件が解決してほっとするのと同時に疲れが襲ってくる。
ロビンはよっぽど疲れたのか、私の膝ですやすや眠っていた。
たくさん活躍してくれたもんね。今はゆっくりおやすみなさい。
「君がたくましくて助かった。君が疲れて歩けなくなったときは抱き上げて運ぶ覚悟もしていたんだが……まったくそんな必要はなかったな」
「ふふ……足手まといになるわけにはいきませんから」
少しでもあなたに近づけるように、おいて行かれないように、私は日々必死なのです。
「王子はさすがですね……。王子がお越しになっただけで、皆が元気づけられるんです」
私もかつては(というよりも今も)その一人だから、よくわかる。
「皆があなたに夢中になっていて、喜ばしいことなんですけど……なんていうか、王子は皆の王子なんだなって思っちゃって、ちょっと寂しかったりして――」
っていやいや! 何言ってるの私!!
うっかりとんでもないことを口走ってしまった私は、慌てて手で口を覆った。
アレクシス王子はこの国の王太子殿下なのです。
私ごときが独占していいような存在ではないんです!
あまりのあさましさに王子も怒るに決まってる……!
「あの、今のは――」
聞かなかったことにしてください……と口にしようとした途端、強く抱き寄せられた。
「……まったく、君はどこまで俺を悶えさせれば気が済むんだ?」
「あの、怒っていらっしゃいますよね……?」
「あぁ、怒っている。一瞬でも君を不安にさせた己の不甲斐なさに」
王子が顔を近づけ、至近距離で視線が合う。思わずどきりとした私に、王子は優しく告げた。
「確かに俺が王太子という立場である以上、何をもってしてもまず第一に民のために尽くさねばならない。だが――」
王子は優しく私の手を取ると、そっと自身の左胸へと導いた。
衣服越しに触れた箇所から、トクトクと鼓動の音が伝わってくる。
「君のものだ」
「え……?」
「『王太子』は国のものだが、『アレクシス』は君のものだ。俺の身も心も、すべて君に預けよう。
だからアデリーナ、こうして二人の時くらいは思う存分甘えても構わないんだぞ」
その言葉が、じんわりと胸に染みわたっていく。
確かにあなたは王太子で、国を背負う御方で、私ごときが独占していいような存在ではないけれど……それでも、私と二人でいるときの「アレク様」なら、ちょっとくらい独り占めしちゃってもいいんですよね……?
「…………はい」
私の心中を見透かすような言葉に、恥ずかしくなって王子の胸元に顔を埋める。
本当に、彼はすごい。
私の小賢しさも、あさましさも、受け止めてすべて包んでくれるなんて……。
王子はそっと私の髪を撫でながら、ぼそりと呟いた。
「それに……俺だって変わらないさ。さっきだって君が村の男に熱い視線を注がれているのを見て、気が気じゃなかったからな」
「え? そんなことありましたっけ?」
「気づいていなかったのか!? 若い木こりの男が、ずっと君を見ていたじゃないか!」
「知りませんでした……」
そう言うと、王子は少しむっとした表情に変わる。
「まったく……君は少し危機感が欠如しているんじゃないか? この前の海賊のことといい、もっと自分に向けられる視線に敏感になるべきだ」
「そ、そんなこと言っても……私なんてどこにでもいる平凡な女ですし、私を好きになる人なんて相当な物好きで――ひぎゃ!」
言葉の途中でほっぺを摘ままれて、不覚にも変な声が漏れてしまった。
「物好きで悪かったな」
「べ、別に王子のことを言ってるわけじゃないですよ!?」
「この際だから言っておこう。いいかアデリーナ、この世の中には君の思う数百倍はその物好きが多いんだ! 心してかかるように!」
「ひゃいっ!」
王子の剣幕に私は思わず飛び上がってしまい、膝の上で寝ていたロビンがころんと転がり落ちてしまう。
「ふぎゃ! もう朝!?」
「ごめんねロビン! まだ夜にもなってないの!!」
慌ててロビンを拾い上げて頭を撫でる私に、王子はくすくすと笑っていた。
◇◇◇
さてさてそんなわけで、無事に異常気象の原因を突き止め解決に導いた私たちは、王宮へと戻ってきました。
しばらくは晴天が続き、とても雪なんて降りそうもない空模様だ。
ロビンなんかは時折空を見上げて「また雪が降らないかな~」なんて零していたり。
確かに、もうあんな大吹雪はこりごりだけど……少しくらいなら、雪景色も楽しみたいですよね。
「王都ではクリスマス前に雪が降ることはほとんどないのよ。ほら、牧場の世話に行きましょ」
「は~い」
ロビンの首に私のお手製のマフラーを巻いて、一緒に牧場へと向かう。
「お待たせ、ペコリーナ。あら……みんなどうしたの?」
牧場にたどり着くと、ペコリーナと一緒にいた羊たちは、なぜか空を見上げてしきりに鳴いていた。つられて上を見上げると、頭上から何か白いものがひらひらと落ちてくる。
手を伸ばしてつかみ取り、そっと指を開くと……。
「白い羽……?」
あれ、この羽どこかで……と思ったその時――。
「わぁ、雪だ!」
ロビンの歓声が耳に入り、再び顔をあげる。
驚いたことに、晴天の空からちらちらと雪が舞い落ちてくるではないか!
「これは……どういうこと?」
「きっとスニクからの贈り物だろう」
「王子!?」
声の方へ視線をやれば、ちょうどペガサスに乗った王子が地面へと降り立つところだった。
王子は私の持つ羽に視線をやり、微笑んだ。
「少し早いが、クリスマスプレゼントなのかもしれないな」
私も嬉しくなって空を見上げる。
きっとこの空のどこかでスニクとビェリィが一緒に空を飛んで、皆に冬を届けているんだろう。
「ふふ……まるで、あわてんぼうのサンタクロースですね」
「アデリーナさまぁ、サンタクロースってなんですか?」
「それはね――」
ロビンにサンタクロースの話をしながら、私は周囲を見回した。牧場の動物たちは珍しい雪におおはしゃぎで、ペコリーナやペガサスも尻尾を振って挨拶を交わしている。
私の隣にやって来た王子が、そっと冷えた指先を包んでくれた。
感じるぬくもりに、じわじわと胸の内が多幸感で満たされていく。
「……寒いのは苦手だったけど、意外と冬って悪くないものですね」
「あぁ、そうだな」
だって、何もなくてもこうしてあなたと手をつなぐ理由ができるんですから。
太陽の光を浴びて降る雪は、クリスタルのようにキラキラと輝いている。
……まるで、寄り添い佇む私たちを祝福するように、
こうして私の心の中の宝石箱に、また一つ大事な思い出が増えるのでした。
これにて章完結!
そしてお知らせです。
本作の書籍2巻が明日発売です!
魔法使いの弟子編から冬の妖精編までと、50ページほどの書き下ろしエピソードが収録されてます。
書き下ろしはハロウィンのお話です。王宮で幽霊事件が発生し、ついにアデリーナも幽霊に遭遇……!?
という感じのお話です。ホラーというよりもほっこり話なのでぜひチェックしてみてください!
現在、本作のコミカライズ企画も進行中です。開始時期などわかりましたらまたお知らせいたします!
また、今日から新作も始めました!
「死に戻りの幸薄令嬢、今世では最恐ラスボスお義兄様に溺愛されてます」
→( https://ncode.syosetu.com/n8386ho/ )
タイトル通り死んで逆行した主人公が、生き延びようと頑張ったら義兄の態度が180°変わって…というお話です。
ぼちぼち更新していきますので、お時間がある時などに見に来ていただけると嬉しいです!




