9 お妃様、冬の妖精に別れを告げる
「とりあえず、ビェリィの手当てをしないと」
ビェリィを抱き上げ、体の傷を確認する。あちこちに鮮血が滲んでいるのがなんとも痛々しい。
ぎゅっと胸の奥が締め付けられるようだった。
「大丈夫だよビェリィ、この人たちは怖い人じゃないから……」
スニクが優しく声をかけ、私の手の中のビェリィが安心したように力を抜いたのがわかった。
よし、どこまで効くかわからないけど……どうか、ビェリィの傷がよくなりますように!
「痛いの痛いの、雲の向こうへ飛んでっちゃえ!」
ビェリィの体に触れた手が、じんわりと熱くなる。
苦しそうなビェリィの表情が、だんだんと和らいでいく。そして、そっと手を離すと――。
「すごい、治ってる!」
スニクが歓喜の声をあげて、私はほっとした。
ビェリィはぱたぱたと元気よく羽をはばたかせ地面に降り立つと、再会を喜ぶようにスニクに頬ずりしている。
よかった、元気になってくれて……。
「……驚いたな。いつの間に君はそんなことができるようになったんだ?」
「いえ、その……今まで牧場の動物たちにしか試したことはありませんし、今だって成功するかどうかわからなかったし……大したことじゃないですよ」
今のところ私にできるのはこれくらいですし……と説明すると、王子はそっと私の手を握った。
「やはり君の手は魔法の手だな。だが……あまり、遠くには行きすぎないでくれよ」
……大丈夫ですよ、私の居場所はあなたの隣と決まっていますから。
「少しでもあなたに追いつきたいから、私だって日々試行錯誤してるんですよ」
「俺のほうこそ気が抜けないな。……さて、君が頑張ってくれたことだし、今度は俺の番か」
王子は立ち上がると、上空を舞う鷹を見据えた。
「俺が奴の注意を引き付ける。その隙に、ロビンとスニクは巣から羽を回収してくれ」
「「わかりましたー!」」
「王子、私は!」
「俺を応援していてくれ。君が見ていてくれると思うとやる気が出る」
「わ、わかりました……!」
ビェリィを抱っこして、私は邪魔にならないところに下がる。
大声は出せないけど、応援しておりますよ、王子!
「よし、やるか……」
王子は雪の中から手ごろな長さの棒をずぼっと取り出すと、更に雪を掴んで雪玉を生成。
そして狙いを定めて……投擲!
王子の手から放たれた雪玉はまっすぐに飛んでいき……見事に鷹に命中!
さすがは王子! コントロールも抜群ですね!
「ピャーー!!」
怒った鷹は真っすぐに王子に向かっていく。
危ない! ……と焦ったけど、王子は軽々と鷹の爪攻撃を木の棒で受け止めた。
鷹は何度も何度も鋭い爪で王子を抉ろうと攻撃を繰り返している。だが王子は、その度に木の棒で受け止め、軽く振り払っている。
王子のほうからは攻撃を仕掛けないあたり、彼の優しさが窺えるようだった。
さすがです、王子。自国民……ではなく自国鳥? のことも考えていらっしゃるんですね!
ちらりと鷹の背後に視線をやると、ロビンとスニクがそろそろと巣の方に近づいているのが見える。幸いなことに、鷹は王子に気を取られていて気づいていないようだ。
ロビンとスニクが巣に近づき、両腕いっぱいの羽を抱え込む。
そして、再び鷹に気づかれないように私のもとへと戻ってきた。
「やりました、アデリーナさま!」
「すごいわ、二人とも! さぁ、早く羽を袋に入れちゃいましょう!!」
えいやっと袋の口を広げると、ロビンとスニクが抱えた羽を袋の中へと落としていく。
すべての羽を袋に仕舞い、口をとじると……その途端、空を覆っていた厚い雲が晴れ、雪が止んで日の光が降り注いだ。
「やったわ!」
私たち、吹雪を止めることができたんだ!
さぁ、後はあの鷹さんを何とかするだけですね!
「王子、ここは私が!」
「アデリーナ!?」
前に出てきた私に王子は驚いたようだけど、ちゃんと秘策があるので大丈夫です!
「さぁ、こちらをご覧ください!」
鷹の注意を引き付けるように懐から取り出したのは……じゃん! 昨晩作って、お腹が空いたら食べようと持ち出してきたドングリ団子(スノーベリーソース仕立て)です!
「食べたい? 食べたいよね? ……それっ!」
鷹がこちらへめがけて飛んできたところで、ドングリ団子を遠くへ放り投げる。
狙い通り、鷹はドングリ団子を追いかけていった。
「今のうちに離れましょう!」
鷹さんがお食事中の間に、私たちは急いでその場を後にしたのでした。
「本当に……何から何までありがとうございました!」
スニクが必死に小さな頭を下げるのを、私は「いいのよ」と押しとどめた。
無事に魔法の羽を取り返し、吹雪を止めることができた。ビェリィも元気を取り戻し、飛べるようになったので、スニクとビェリィは予定通り南の国へと発つようだ。
「頑張ってね」
「今度は袋を破らないように気を付けろよ」
「チィ!」
任せろとでもいうように、ビェリィが威勢よく鳴いてみせた。お別れの前に一度だけでもブラッシングさせてください! ……と頼み込むと、ビェリィは「チィ!」と快諾してくれた。
小さな体を傷つけないように、最大限に注意をしながらふわっふわの純白の毛をとかしていく。
「チィ……」
ビェリィは気持ちよさげに目を閉じている。
はぁ……小さな体に、ふわふわの毛並みに、愛らしい表情に……あぁ、なんてキュートな小鳥さんなんでしょう! まさに雪の妖精って感じの可愛さだ。
うっかり「うちの子にならない?」と勧誘したくなるのを、私は必死に堪えていた。
スニクとビェリィには大事な仕事があるのだ。私の離宮に引き止めたりしたら、冬の妖精王に怒られちゃいますよね!
名残惜しく何度もなでなでして、頬ずりして、更にお別れのなでなでをさせてもらうと、ビェリィは心地よさそうに喉を鳴らした。
「みなさんのことはきちんと冬の妖精王にお話ししますね! とっても親切な方々に助けていただいたって!」
「チィ!」
「元気でね!」
手を振る私たちの前で、スニクとビェリィは大空へと旅立った。
お仕事頑張ってね!
「さて、俺たちも帰るか。なんだかんだで一晩行方不明になっているからな、早く姿を見せないと大変なことになりそうだ」
「わっ、それは大変ですね……」
きっと今頃コンラートさんあたりは大慌てだろうな……。
そんな予感を胸に、私たちは日の光に照らされてきらきらと光る雪山を下りたのだった。