7 お妃様、お裁縫もお手の物です
ささやかな食事を終えたら、いよいよ作戦会議だ。
「スニク、その雪の魔法を閉じ込めていた袋を見せてくれる?」
「はい、これです……」
スニクが大切そうに抱えてきたのは、スニクの背丈ほどもありそうな真っ白な袋だった。
ちょうど絵本の中で、サンタさんが背負ってる袋がこんな感じだったっけ。
スニクが必死にかき集めたのか、中にはふわふわの羽がおさめられていた。
これが雪を降らせる魔法の羽かぁ……。
まさか王国の存亡にかかわる一大事の原因が、こんなちっちゃな羽だとは。
更に袋の内部を調べると、確かに大きな穴が開いてしまっているのがわかる。
「袋が破れて魔法を閉じ込める力が弱まったから、吹雪が収まらないんです……」
「そうね……これじゃあ、せっかく羽を集めても零れ落ちそうね……。ねぇスニク、その穴をふさぐことくらいなら私にもできそうだけど、任せてもらえる?」
そう提案すると、スニクは驚いたように目を見開いた。
「い、いいんですか……?」
「えぇ、破れたところを繕うくらいなら問題ないわ」
「お願いします!」
スニクから袋を受け取り、再び今後の方針を話し合う。
「とりあえずは、飛び散った羽を集めるべきだろうな。集めたら袋に収めて、再び魔力を閉じ込める方法を探すしかない」
「そうですよね……」
しかし外はもう日が暮れ始めている。今から動くのは危険なので、今日は休んで明日羽探しに向かうことで落ち着いた。
ロビンとスニクは疲れていたのか、すぐにくぅくぅと可愛らしい寝息を立てて夢の世界へ。
私は常備している裁縫道具を取り出し、ちくちくとスニクの袋の補修に取り掛かろうとしていた。
……座ったまま、背後から王子に抱き込まれるような体勢で。
どうしてこうなった!
うぅ、どうしても背後の体温とか、耳や首元に感じる吐息とか、お腹の辺りに回された腕とかを気にしてしまうんですよ!
「あの、王子」
「どうかしたか?」
「この体勢は、その……」
「こうしていた方が暖かいだろう。君がうっかり風邪を引いて体調を崩すようなことがあっては困るからな」
「それはそうですけどぉ……」
確かに密着していた方が暖かいは暖かいいけど!
こんなふうにされて平常心ではいられません!
王子はにやにやと愉快そうな笑みを浮かべている。これは絶対に、私をからかってる顔だ……!
努めて背後を気にしないように裁縫道具を手に取り、袋の穴を確かめる。
これは……当て布があった方がよさそうだ。ごそごそと懐を探ると、ハンカチを発見。
ちょっと耐久性が心配だけど、応急処置にはなりそうだ。
ちくちくと袋の穴を繕う私を、王子は興味深そうな目で眺めているようだった。
「……器用なものだな」
「新しい服を買うようなお金がなかったので、昔はこうやって服でも靴下でも下着でも限界まで繕って着用してたんです」
そのおかげで人並みの裁縫スキルは身についたので、ある意味よかったのかもしれない。
今は私が望まなくてもどんどん新しいドレスは調達されるし、補修できそうなほつれならすぐにお針子さんが直してくれる。
でも、私の原点を忘れてはいけませんよね。驕ることなく、謙虚に生きなくては。
「よし……こんなところかな」
ほどなくして補修は完了! 軽く引っ張ってみたけど、良い感じに穴が塞がれている。
魔法の羽を入れてみたけど、下からボロボロこぼれてくるようなことはない。
とりあえず傍目には補修はできた。ただ、魔法を封じ込めるという袋の効果までもとに戻ったかどうかはわからない。明日、スニクに確認してもらわなきゃ。
まじまじと袋を観察していると、そっと私の手に一回り大きな手が重ねられた。
「王子?」
「いや……まるで魔法の手のようだと思ってな」
「魔法の効果まで補修できたかどうかはわかりませんよ?」
「そうでなくても、君がこうして手を動かすと壊れたものがも蘇ったり、美味しい料理ができる。それが、魔法のようだと思ったんだ」
王子の指が、そっと私の指に絡められる。
こんなに寒い日なのに、彼の手はどこまでも暖かかった。
「君という人間は本当に底が知れないな。どこまでも……暴いてみたくなる」
王子がそっとつないだ手を口元へ運び、軽く口づける。
ダイレクトに濡れた感触が伝わり、途端に私の心臓が暴れ出した。
「そそそ、そんなたいそうな人間じゃないです私! 暴いたら中身がしょうもなさすぎてがっかりなさるかもしれませんよ!?」
「そんなことありはしないさ。今だって君に会うたびに、どんどんと溺れていくのに」
「あぅぅ……」
軽く髪を撫でられたかと思うと、露になった赤く染まった耳に口づけられる。
もはや心臓が口から飛び出てしまっても驚きはしない。
王子はダンゴムシのように縮こまる私の体を抱き上げ、横抱きにして上から顔を覗き込んできた。慌てて顔を背けようとするけれど、がっちり顎を掴まれて王子の方を向かされてしまう。
「……可愛いな、アデリーナ」
極上の笑顔と共にそう囁かれて、思考回路が沸騰しそうになってしまう。
きっと今の私は、みっともないほど真っ赤になっているのだろう。
王子がそっと私の頬を撫で、顔を近づけてくる。もうすぐ唇が触れる――そんな時だった。
「うぅん……ビェリィ……」
物悲しげなスニクの呟きに、私たちはぴたりと動きを止める。
おそるおそる視線をやれば、スニクは目をつむったままうにゃうにゃと口を動かしていたが、やがて静かになる。
もしかしたら、悪い夢でも見ていたのかな。
「スニク……」
そっと王子の腕から抜け出し、少しずれていたスニクの毛布を掛けなおしてやる。
……そうだよね。故郷から遠く離れた知らない場所で、トラブルで大変なことになって、友達ともはぐれてしまって、不安にならないはずがない。
彼の境遇を思うと、胸が締め付けられるようだった。
「……スニクのためにも、急いでこの事態を収拾しましょう」
「そうだな。明日に備えて寝るとするか」
王子と二人、顔を見合わせ頷き合う。
最初は不安だったけど、私たちはここまで来ることができた。
異常事態の原因もわかったことだし、きっとうまくいくはずだ。
補修した袋を、そっとスニクの枕元に置く。
サンタさんのやって来る時期にはまだ早いけど、少しでもスニクが喜んでくれるといいな。