6 お妃様、王子様にドングリを食べさせる
ふむふむ……どうやらスニクたち冬の妖精は、世界各地に「雪を降らせて冬を呼ぶ」という使命があるらしい。
なんでも冬の妖精王が作り出した特別な羽を袋に詰めて、空から降らせるのだとか。
羽は雪に変わり、魔法の雪が降る。魔法の雪が降ると引き寄せられるように自然の雪も降り、冬がやって来る。スニクもこの仕事をこなすためにビェリィなるお友達と一緒に旅をしていたのだが、この辺りの上空を飛んでいる時に運が悪く袋に穴が開き、大事な羽は散らばってしまった。
普通は少しずつ降らせる羽が一気にたくさん散ってしまったものだから、こんなに大変な吹雪になってしまったようだ。
更にはスニクを置いてビェリィがどこかにいってしまい、スニクも何とか羽を回収しようと頑張ったのだが、魔法の力を閉じ込める袋が破れてしまって、今は雪を降らせる魔法が暴走したような状態なんだとか。
お腹もすいてどうしていいのかわからずに泣いていたところに、私たちがやって来た……ということらしい。
「まさか、そんな事情があったとは……」
王子が大きくため息をついた。もちろん、私も驚きましたとも。
まぁ、この国を滅ぼそうとする悪い妖精とかじゃなくてよかったけど……根本的な問題は何も解決してないんだよね。
「とりあえず、どこか落ち着ける場所があるといいのだけど……」
「あの、向こうに……人間さんの小屋がありました。勝手に使わせてもらっちゃいましたけど……」
「山小屋は山で休憩や避難をするための場所だ。人間だろうと妖精だろうと、困っているのであれば自由に使って構わないさ」
アレクシス王子がそう言うと、スニクはほっとしたように表情を緩めた。
スニクの案内に従って進むと、確かに山小屋が姿を現した。
簡素な造りの山小屋だけど、中に入り暖炉に火を入れるとずいぶんと体が温まる。
体が温まり気が緩んだのか、スニクのお腹が「ぐぅ~」と可愛い音を立てた。
「あっ、あのっ、今のは……」
「ふふ、大丈夫よ。何か食べ物はあるかしら……」
ごそごそとあちこちを物色すると、麓の村人が集めたのか、大量のドングリが見つかった。
「これは、ドングリか……。残念だな、食べ物じゃなくて」
「え、食べられますよ?」
そう言うと、王子は驚いたように目を丸くする。
うっ、こんなところでも見解の相違が。
確かに、王宮で暮らしていたらドングリを口にする機会なんてありませんよね……。
私は王宮で暮らすようになる前に、少しでも食費を節約しようと、エラと一緒に山で大量のドングリを収穫し、食べていたことがあったのです。
でもよくよく考えると、意地汚いみたいで恥ずかしい……。
「いえっ、その……好んで食べるわけではないのですが、食べようと思えば食べられないわけじゃないというか――」
しどろもどろになる私を見て、王子はくすりと笑う。
「ここは君に任せよう。スニクはとにかく腹が減っているようだからな。何か食べさせてくれると助かる」
王子は、私を馬鹿にしたりはしなかった。ドン引きもしなかった。
それが嬉しくて、私は必死に頷く。
「はいっ、お任せください!」
なんていっても、一度はあなたの専属料理人に任命されかけた私ですからね!
腕の見せ所です! 幸いにもこの小屋には工具や調理器具がある程度は揃っていたから、なんとかうまくいきそうだ。
小屋の外からお鍋いっぱいに雪をかき集めて、暖炉の火にくべます。
お湯が湧いたらドングリを思いっきり投入! 茹でることで、殻が剥きやすくなるんですよね。
この種類のドングリはアクも少ないし、気軽に食べられるので助かった。
その間に、山を登る間に摘んでいた小さな果実の出番である。
懐からどばっと小さな果実を取り出すと、スニクと話していた王子とロビンが笑った。
「驚いたな、いつの間にそんなに集めていたんだ?」
「アデリーナさま、リスみたいですね」
こうなることを予期していたわけじゃないけど、私のみみっちい習性も今だけはうまく働いてくれたようだ。
私が摘んだのはスノーベリー。
お腹が空いたらそのまま食べようと思っていたけど、今回は煮詰めてソースにしよう!
ちょうどドングリもいい感じに茹で上がったので、今度は入れ替わりにスノーベリーを煮詰めていく。
茹でたドングリは殻をむいて、中身を取り出していきます。
うまく中身が取り出せたら、ごりごりとすり潰してペースト状にしていく。
そいやっ! ……と奮闘していると、王子が手を貸してくれた。
「俺がやろう。君よりは力があるはずだ」
「ありがとうございます、王子!」
アレクシス王子にどんぐりを潰させた女は、後にも先にも私だけだろうな……。
そんな密かな喜びを胸に、私はスノーベリーを煮詰める作業に専念した。
本当は砂糖を入れたいところだけど、ここにはないので……果実100%のスノーベリーソースの出来上がりです。後は潰したドングリを団子のように丸めていきます。
「アデリーナさま~、僕もやります!」
「ぼ、僕も!」
くるくるとこねていると、ロビンとスニクが手伝いを申し出てくれた。
「ありがとう、このくらいの形に丸めてね」
「は~い」
ロビンとスニクは小さな手で、ドングリ団子を丸めていく。
……スニクも、いい子なんだよね。
なんとかこの吹雪を終わらせて、彼のことも助けてあげたい。
よし、頑張ろう!
なんとかドングリ団子を量産したら、木の枝を削って作った串に通して、火で炙って……スノーベリーソースにつけていただきます!
名付けて、ドングリ団子のスノーベリーソース仕立て!
「おいしい! おいしいです……!」
スニクはよっぽどお腹が空いていたのか、ぽろぽろと泣きながらドングリ団子に食らいついている。
ふぅ、喜んでもらえてよかった……。
ドングリ自体はほとんど味がないけど、スノーベリーのソースをつけることによって甘みと酸味がふんわりと口の中へ広がる。
「すみませんアレクシス王子、こんな物しか作れなくて……」
非常時といえども、王子にドングリを食べさせるのはちょっと……どうなんだろう。
普段から宮廷料理人の作る料理に慣れている彼には、やっぱりきついかな……。
小声で謝ると……彼はとんでもないとでもいうように首を横に振った。
「構うものか。君が作った物なら、俺にとっては泥水でも極上のワインだろうな」
「もう……」
そんな王子の心遣いが嬉しくて、私は何も言えなくなってしまった。
(4/10追記)
※この話の世界のスノーベリーは人間でもむしゃむしゃ食べられる安全な果実(という設定)ですが、我々の世界のスノーベリーは毒があるのでうっかり口にしないようにご注意をお願いいたします。




