5 お妃様と、小さな妖精
「まさかオベロン王や、あの郷の妖精が……?」
「いえ……魔力の質がちょっと違うので、別の妖精王のところの妖精かと」
「……? 妖精王って、オベロン王一人じゃないの?」
「違いますよ? 人間の王様だっていっぱいいるじゃないですか」
うーむ、そう言われてみると確かに……。これは驚きだ。なんとなくオベロン王が妖精の中で一番偉いのかと思っていたら、他にも妖精の王様がいるなんて!
「でも、僕はオベロンさまが一番強くて偉大だと思います! なんていっても夏の妖精王ですから! あっ、それでこの吹雪の魔力なんですけど、おそらく冬の妖精王の配下の妖精なんじゃないかと思うんです」
ロビンによると、この世界には私たちが訪れたような妖精の郷が各地にあるのだとか。
その中でも特に有名なのが四人の妖精王で、オベロン王は「夏の妖精王」と呼ばれており、それとは別に「冬の妖精王」なる王がいるそうだ。
冬の妖精王の配下はその名の通り雪を降らせたりする魔法が使えるそうで、この吹雪も妖精が魔力で引き起こしているものであるらしい。
「だから僕の魔力でこうやって相殺できるんです。普通の雨や雪だったらこんなことできませんよぉ」
なるほど、そんなカラクリがあったとは。
ロビンがいきなり成長したんじゃなくてちょっと安心……じゃなくて!
「その妖精に会って、吹雪を止めてもらわないといけないようだな」
王子が重々しくそう呟く。
そうだよね。その妖精がなんでこんなことをするのかわからないけど、とにかく止めてもらわないと!
「魔力の発生源はわかるので任せてください!」
ロビンがシャボン玉の内側を押すと、シャボン玉が玉ころがしのようにコロコロと進む。
私たちもそのスピードに合わせて足を進めていく。
……耳を澄ますと、吹きすさぶ風の音に紛れてやっぱり誰かの泣き声が聞こえてくる。
だがそう口にすると、王子もロビンも不思議そうに首を傾げた。
「いや、俺には聞こえないな」
「僕もですー。アデリーナさま、寒さで幻聴とか聞こえちゃったんじゃないですか?」
「そうかしら……」
……でも、もしかしたら、この泣き声はロビンのいう冬の妖精の声なのかもしれない。そう考えるといてもたってもいられなくて、ロビンに頼んでシャボン玉のスピードを速めてもらう。
「うーんと、こっちかな~?」
進むにつれ、どんどんと泣き声は大きくなっていく。ついには、ロビンや王子にも聞こえるようになったようだ。やがて、私たちの前に姿を現したのは――。
「ふぇ……。ビェリィ、どこに行っちゃったの……」
真っ白な雪の上に座り込んでしくしくと泣いている、手のひらに乗りそうな小さな妖精だった。
えっ、まさかこの子がこの吹雪の元凶? ちょっと想像と違う!
「……ねぇ、大丈夫?」
しゃがみ込んでおそるおそる声をかけると、小さな妖精はびっくりしたように顔をあげた。
「ににに、人間!?」
「あっ、怖がらないで! 別にあなたを傷つけたいわけじゃないの」
「そうだよー。アデリーナさまもアレクシス王子もいい人だから安心していいよ」
同じ妖精であるロビンの言葉に安心したのか、私が手を差し伸べると小さな妖精はおずおずと手のひらに乗ってくる。
それと同時にちらりと私は王子に目配せし、意思疎通を図った。
……問いただしたいことはたくさんあるでしょうが、ここは私に任せてくださいと。
王子も私の意図を察したのか、頷いてくれた。
そっと手のひらを持ち上げ、視線を合わせる。
新雪のように真っ白な髪の妖精の男の子は、泣きはらした目で遠慮がちにこちらを見つめた。
彼を怖がらせないように気を付けて、私は微笑んだ。
「初めまして、私はアデリーナ。こっちの男の人はアレクシス王子。この国の王子様なのよ」
「えっ、王子様ですか!?」
「えぇ、とっても優しい人だから安心して。こっちはロビン。あなたと同じ妖精ね」
「どうも~。僕はオベロン王の郷から来たけど、君は冬の妖精王の郷出身?」
ロビンがそう問いかけると、小さな妖精はこくんと頷いた。
「あの……僕、スニクっていいます。冬の妖精王の郷から来ました……」
小さな妖精さん――スニクは、消え入りそうな声でそう呟いた。
想像した通り、彼は冬の妖精のようだ。するとやっぱり、この吹雪も彼が引き起こしたものなのだろうか……。
うーん、こんなに小さな妖精がものすごい吹雪を巻き起こすってなかなか考えづらいけど……。
「よろしくね、スニク。それで……スニクはどうしてここにいたの?」
そう尋ねると、スニクの目にみるみる涙が溜まっていくので私はぎょっとしてしまった。
慌てて指先で背中をさすると、スニクはごしごしと涙を拭って顔をあげる。
「僕、もっと南の国へ冬を届けるために旅をしてたんです。ビェリィと一緒に」
「ビェリィっていうのは?」
「僕の友達です。僕を乗せて、すっごく早く飛んでくれるんですよ」
この言い方だと、ビェリィはロビンやスニクのような妖精ではなく、動物や幻獣の類なのかもしれない。人間でいう馬みたいな感じなのかな。
「でも、この辺りを通りかかった時に大事な袋に穴が開いちゃって、雪を降らせる羽もバラバラに落ちちゃって、ビェリィもいなくなっちゃうし、僕一人じゃ遠くまで飛べないし、どうすればいいのかわからなくて……」
しくしくと泣きながら断片的に告げられるスニクの話を、私は辛抱強く繋ぎ合わせた。