12 お妃様、即席妃教育を受ける
歓迎パーティーのことを告げられた翌日から、私の即席妃教育は始まった。
……と言っても、単にその場しのぎになればいいので、本物の妃教育からすれば児戯のようなものだろう。
「そう、そのまま腰を曲げて……お上手です、妃殿下!」
教師を務めてくださる伯爵夫人にお褒めの言葉を頂いて、ほっと一息。
さすがに王太子妃としての作法の授業と言うことで、いつものラフな格好は許されない。
侍女たちがはりきってドレスアップをしてくれた今の私は、まさに「お妃様スタイル」なのである。
はぁ、気が重い。せめて外面だけでもお妃様っぽく見えるように頑張ろうと思うけど、果たしてこれでいいのでしょうか……。
「淑女たるもの見目の美しさだけではなく、所作の美しさも求められます」
……とのお言葉に従い、頭に本を三冊ほど乗せてウォーキングにも挑戦します。
私のお母様も作法には厳しい人だった。それこそビシバシ躾けられたし、失敗すれば容赦なく叩かれたものだ。
えっと……「立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花」が理想の姿なんだっけ。
百合の花っぽく歩くっていうのは今でもよくわからないけど、小さい頃はとにかくお母様に怒られないように頑張ったなぁ……。
「素晴らしい! 妃殿下の動きはまるでしなやかに舞う蝶のように麗しい。さすがは王子殿下の見初められた御方ですわ」
ニコニコしながらそう言う伯爵夫人に、私は顔が引きつりそうになるのを堪えながら頭を下げた。
あわわわわ、ここでも大変な誤解が生じている……。
お褒め戴き光栄です、伯爵夫人。でも王子が見初めたのは私じゃないんです……!
なんていうか「王子が私を見初めた」と言われるたびに、まるで王子の格まで下がるような気がして申し訳なくなってしまう。
まぁ、元はと言えばいろいろ早まりすぎた王子のせいなんですけどね!
なんてことを考えていると、なんとその王子がやって来てしまった。
なんでも時間が出来たので、私の妃教育の進捗状況を確認しに来たのだとか。
「調子はどうだ、ニドリーナ」
アデリーナです、王子。……なんて突っ込むのも、もう野暮な気がする。
私はニコニコと笑って、王子の勘違いを華麗にスルーしておいた。
もちろん周囲も王子の勘違いを指摘したりはしない。
はぁ、そろそろ私が王子が運命的に出会った相手じゃないって、周囲にバレてないかな……?
少し気まずくなってしまった空気を誤魔化すように、伯爵夫人が何もなかった風を装って話し始める。
さすがは作法の教師。場の空気を変える術も一流なのですね。
「王子殿下、妃殿下はとても優秀でいらっしゃいまして、もはや私の出番など必要ないほどですわ。あとはダンスの確認ですが――」
出たっ! 貴族の必須スキルの一つ、ダンスだ……!
うーん、私あんまり得意じゃないんだよね……。
「妃殿下の腕前を確認させていただくのに、どなたかに男性パートをお願いしたいのですが……」
うぅ、私ダンス得意じゃないし、できればうまくリードしてくれそうな人がいいな……。
助けを求めるようにきょろきょろと室内を見回すと、控えていた私の専属騎士――ダンフォース卿と目が合った。
そういえば彼は上流階級の出身で、ダンスもお手の物だと聞いたことがある。
何事もそつなくこなす貴公子だし、たぶん私の失態もうまくカバーしてくれるはず……!
「ダンフォース卿、お相手願えますか?」
そう呼びかけると彼はいつものように、心得ましたとばかりに優しく微笑んだ……かと思いきや、何故か私の背後を見て焦ったかのように顔をひきつらせたのだ。
次の瞬間――。
「……ニドリーナ」
普段より低い声で名前(間違ってる)を呼ばれ、私は思わずびくりと体を跳ねさせてしまった。
おそるおそる振り返ると、王子殿下が微笑みながら私を見つめていた。
いや、違う。笑顔だけど目が笑ってないじゃないですか……!
「君の夫はこの俺だろう? 俺の手を取ってはくれないのか?」
至近距離でそう囁かれて、私は全身の血が凍るような心地を味わった。