4 お妃様、吹雪に飲まれる
翌早朝に、私たちは出発した。
コンラートさんには連絡役として村に残ってもらい、王子と私、護衛のゴードン卿とダンフォース卿。それに以前から吹雪について調査を行っている先発隊の方々と一緒に、山へと出発です!
幸いにも雪は止んでいて、まさしく決行日和だ。
「妃殿下、お疲れではありませんか?」
「いいえ、大丈夫です。あまり休憩を挟みすぎると逆に疲れるので、サクサク登っちゃいましょう!」
「は、はい……!」
皆を先導する勢いで足を進める私に、先発隊の方々は明らかにぽかんと驚きの表情だった。
うぅ、ご期待通りの深窓の姫君ではなくすみません……。
こんな雪道は初めてだけど、山菜取りやキノコ狩りで山に登ることはよくあったし、意外と平気なんですよね。ついいつもの癖で、道中で見つけた小さな果実をさっと摘んで懐に仕舞うと、その様子を見た王子はくつくつと笑った。
「まったく君は……本当に期待を裏切らないな」
「……お褒めに預かり光栄です」
とはいうものの、山頂に近づくにつれ雪がちらついてくる。
そのまま足を進め、ある地点に到達した途端……私は息を飲んでしまった。
「……すごい光景ね」
私の視線の先、まるで見えないカーテンに隔てられているかのように……ある地点より向こうは、ほんの少し先も見えないほど吹雪が吹き荒れていた。
だが、その地点より手前はちらちらと雪が舞う程度だ。
確かにこれは、自然の天候だとは考えにくい。なんらかの魔術的要素が働いているのだろう。
「……あの向こうに、何かがあるのね」
先発隊の方々も、この吹雪を越えることができずに断念したのだという。
おそるおそる足を進め、吹雪の手前に立つ。
その時、私はあることに気が付いた。……吹雪の向こうから、かすかに声が聞こえる。
「誰かの、泣き声……?」
それは、小さな子どもの泣き声のように聞こえた。
聞いているだけで胸が締め付けられるような、今すぐ助けに向かいたいような気分に襲われる。
いやでも、何の策もなしにこの吹雪に突っ込むのは危険だよね?
もう少し、周りを調べてからの方がいいだろう。
そんな風に目の前の吹雪に気を取られていた私は、ロビンがもぞもぞと私が羽織るケープから這い出したのに気付かなかった。
「あれ、もしかしてこれ……」
気が付いた時には、ロビンは境界を越え吹雪の中へと突っ込もうとしていたのだ。
「ロビン、待って!」
慌てて引き止めようと、手を伸ばす。
だが指先が吹雪の境界に触れた途端……私の体は強い力で吹雪の中へと引き込まれたのだ。
「アデリーナ!」
王子が私の腕を掴んだのがわかった。でも、吹雪に吸い込まれる力は止まらなくて。
全身が千切れそうなほどの寒さと、風の鳴る音が耳の中でこだまして、そして――。
「…………はっ」
ぼんやりしていた意識が覚醒し、私ははっと目を覚ました。
まず最初に見えたのは、心配そうにこちらを覗き込んでいる王子の顔だった。
「大丈夫か、アデリーナ!」
「大丈夫、のはずですが……」
周囲では相変わらず猛吹雪が吹き荒れている。なのに、あまり寒くない。ということは――。
「もしかして私、凍死寸前ですか!?」
「いや、大丈夫だ」
一瞬パニックになりかけたけど、王子の冷静な言葉に我に返る。
うぅ、一人で騒いで恥ずかしい……。
というか、今の私――座り込んだ王子に全身で抱き込まれているかのような体勢になってるじゃないですか!
うっかり鼓動の音が伝わりそうな密着具合に、自然と頬が熱くなる。
はぁ、これだけ暖まれば確かに凍死の心配はなさそうだけど……。
「私たち、どうなったんですか……?」
「周りの様子がわからないので何とも言えないが、おそらくここは吹雪の中だろうな。ロビンの魔法で吹雪から身を守る結界のようなものが張れたようだ」
「えっ?」
よく見れば、私たちの周りだけ大きなシャボン玉のような空間になっており、凍えるような吹雪から守られている。
ロビンがいつの間にかこんなにすごい魔法を使えたなんて、ちょっと置いて行かれたような気分になってしまいそう……。
なんて考えながら周囲を見回すと、ロビンは珍しく真剣な表情でシャボン玉の外の吹雪を眺めていた。
「ロビン、どうしたの?」
「アデリーナさま、その……」
ロビンはなにやらもごもごと言いよどんだ後、私の目の前に飛んできて、意を決したように口を開いた。
「この吹雪なんですけど、たぶん……妖精の魔法で、こうなったんだと思います」
「えっ!?」
「なんだと!?」
ロビンの発言に、私も王子も驚いてしまった。
この吹雪が妖精の仕業って……どういうこと!?