3 お妃様、食欲を満たす
慣れない雪に足を取られながらも進んでいくと、やがてぽつぽつと明かりが見えてくる。
雪に閉ざされた小さな村へとたどり着いたのだ。
「王子殿下に、妃殿下!?」
「まさか、王太子殿下に来ていただけるなんて……!」
村の人たちは、王子と私がやって来たのにひどく驚いていた。
中には感動したのか涙ぐんでいる人もいる。一人一人にねぎらいの言葉をかけて、握手をして……少しでも、心の支えになってくれればいいな。
村には王宮が派遣した救援部隊の皆さんもいた。
「妃殿下、明日に備えて本日はお休みください」
皆さんご丁寧にそう声をかけてくださるけど……私だけ休んでるわけにはいきませんよね!
「いえ、元気は有り余ってるので大丈夫です! 皆さんに迷惑はかけませんので、少しだけ場所を貸していただければ!」
どん! と持ってきた荷物を置いて陣取ると、王子が声をかけてくる。
「随分と大きな荷物だな。いったい何を持ってきたんだ?」
「ふふふ、こんなこともあろうかと……調理セットです!」
持ってきた食材や調理器具を披露すると、王子は驚いたように目を丸くした。
「なるほど、てっきり魔術的な道具か何かかと思っていたのだが……」
うぅ……残念ながらまだ私は、そちらの方向でのエキスパートではないので……。
だからせめて、自分の得意な分野で役に立ちたいんですよね。
村長宅の厨房を借りて料理を始めると、話を聞いたのか村の人たちが手伝いに来てくれた。
「お妃様、私たちもお手伝いさせてください!」
お疲れの皆さんに申し訳ないからお断りしようかとも思ったけど、喉まで出かかった言葉を飲み込む。
皆さんの厚意を無下にはしたくないし、たまには皆でにぎやかにはしゃぐのもいいですよね。
こんな事態で気が滅入っているであろう村の方たちの、少しでも気分転換になればなによりだ。
「ありがとうございます。では……こちらの野菜を切っていただけますか?」
にんじん、玉ねぎ、キャベツ、トマト……そして忘れちゃいけないのがビーツ。
このビーツをしっかり煮込むことで、綺麗な赤色が出るんですよね。
まずはお鍋に牛肉を入れて、コツコツと茹でます。辛抱強く煮込んで、たっぷりと出汁を取るのです。いい感じにエキスが出たら、お肉を回収して今度は順々に野菜を投入!
ローリエで味付けをして、ぐつぐつと煮ちゃいます。
トマトとビーツのおかげで、鍋の中は綺麗な深紅色に染まっている。
これだけでもいい感じだけど……えいっ! 赤ワインも入れちゃえ!!
頂き物の高級ワインをどぽどぽ投入すると、芳醇な香りが漂い食欲が刺激される。
後はお肉を戻して、黒コショウで味を調えて……よし! なんちゃってボルシチの完成です!
深みがあって優しい味に、皆の心も安らいでくれるといいなぁ。
この寒さでカチコチになったパンを浸して食べても美味しい。
村の集会所で振舞うと、村人たちは皆喜んでくれた。
「こんなに美味しいものは初めて頂きました!」
「お妃様と一緒にお料理をしたなんて、一生の語り草になります!」
うーん、私にそんな価値があるのかは微妙な気がするけど、皆が喜んでくれたのなら嬉しい。
温かいスープは冷えた体を内側から温めてくれる。寒い冬には必須ですよね。
「さすがだな、アデリーナ」
冷めないうちに……と急いでスープをすすっていると、王子が隣に腰掛け感慨深げに呟く。
「この村の民もこんな状況で不安だろうが……少なくとも今だけは、不安を忘れて食事の楽しみに浸れるだろう」
「そうですね……だからこそ、絶対にこの異常な吹雪を止めなくては」
実際にこの村にやって来て、皆と会って話してみて……ますます決意は固くなる。
どこの誰だか知らないけれど、この国の民を悲しませる人は私が許しません!
決意をあらたにした私を見て、王子はくすりと笑う。
「王太子妃の貫禄が出てきたじゃないか。少しシルヴィアにも似てきたな」
「えっ、本当ですか!?」
私があのシルヴィア王女に似てきたなんて……畏れ多いけど嬉しい。
あの凛とした姿、憧れなんですよね!
密かに喜んでいると、王子は気づかわしげに囁いた。
「そろそろ休んだ方がいい。明日は君に頼ることになりそうだからな」
「はい、よろしくお願いいたします、王子」
コンディションが整ってません……なんて理由で皆に迷惑をかけるわけにはいきませんから。
疲れたのかテーブルの上でうとうとするロビンを回収して、私は早めに床に就いたのだった。