2 お妃様、決断する
まさか、少し早く雪が降っただけだと思ってたのに……こんなに、危険な事態になっているなんて。魔術師さんの話だと、北の山周辺では異常な吹雪が発生していて、しかも吹雪の中心方向に異質な魔力を観測したのだとか。
これは、自然現象じゃない。誰かが意図的に吹雪を起こしているのだ。
このままだと、どんどんと吹雪が広まって……この王国が丸ごと、雪に飲み込まれてしまうかもしれない。
……迷ったのは、一瞬だった。
――「アデリーナ、あなたが善き魔女であることを願います」
そうだよね。私はシルヴィア王女と約束したんだから。
誰かを助けたり、幸せにするような、善良な魔法使いを目指すって。
だから、もしかしたら私に何かできるかもしれないのに、黙って隠れている事なんてできません!
「……お話の途中で失礼いたします。無礼かとは思いましたが、こっそり今のお話を聞かせていただきました」
曲がり角から踏み出し、そう口にすると、王子たちは驚いたようにこちらを振り返る。
話に夢中で私が盗み聞きしてたことは気づいてなかったみたい。
そんな彼らに微笑みかけ、私ははっきりと告げる。
「是非とも、私を北の山へ行かせてください。私に解決できるかどうかはわかりませんが、可能な限り力を尽くします」
「アデリーナ! 君がそんなことをしなくとも――」
「いいえ、王子。私だからこそ、できることもあるかもしれません。……あなたの隣に立つにふさわしい王太子妃になるため、どうかご許可を」
最大限に丁寧な淑女の礼を取り、頭を下げる。
王子はしばらく何も言わなかったけど……やがて、想像よりずっと落ち着いた声が降ってくる。
「……わかった。顔をあげてくれ」
ゆっくりと顔をあげると、王子はこちらを見て困ったように笑っていた。
「本当に、君には敵わないな……。思い出したよ、俺が惹かれたのは君のその強さだってことに」
「王子……」
王子がそっと私の手を取る。見つめ合う私たちの横で、コンラートさんがわざとらしく咳払いをした。
「……お二人とも、ここはあくまで誰が通るともわからない宮殿内の廊下ですので。それ以上は離宮でやってください。もっとも……実際に妃殿下に行ってもらうとなると準備でそれどころじゃないとは思いますが」
「そ、そうですね……! えっと、私が北の山に向かうのに何か手続きなどは必要ですか?」
「必要な手続きはすべてこちらで進めよう。君は何か、事態を解決するのに必要なものがあったら準備しておいてくれ」
「はい!」
「あと、君が行くのなら当然俺も行くからな」
「ありがとうございます、王子!」
王子も一緒に来てくれるのなら心強い。
もちろん離宮でゆっくり甘い時間を過ごす暇などなく、私たちはそれぞれの準備に忙殺されるのだった。
そして迎えた出発当日。
「楽しみだな~。一面の雪って、どんな感じなんだろう」
「……ロビン。一応言っておくけど、遊びに行くんじゃないのよ。私たちは王国の危機を救いに行くの。あなたが活躍してくれたら、今度オベロン王にお会いした時に『ロビンは素晴らしい成果を挙げてくれた』ってお伝えするわ」
「わぁ~、頑張らないと!」
いまいち事件の深刻さを理解していないのか、ロビンは「雪が見られる~」とおおはしゃぎ。
うーん……ロビンは妖精だから、今回の事件で何かわかるかもしれないと思って連れてきたけど、正直不安になってきた。せめて危険な目に遭わないように、私が守らないと。
「あそこね……」
進行方向に、すっかり雪に覆われた純白の山の姿が見えてくる。山の上には厚い雲がかかっていて、ここからでも物々しい空気が伝わってくるようだった。
あれを、私がなんとかしなければいけない。自信はないけど……とにかく前に進まなくては。
やがて、馬車の轍の周りにも雪が深く積もった場所までやって来た。
窓の外ではびゅうびゅうと風と雪が吹き荒れている。確かにこれは……少し異常な感じもする。
「わー! 雪だー!!」
興奮して馬車から飛んでいこうとするロビンを慌てて引き止めているうちに、ついに雪が積もりすぎて馬車が進めなくなってしまう。
「申し訳ございません、妃殿下。ここからは徒歩ではないと進めないようで……」
「いいえ、構いません。ここまでありがとうございました」
一つ前の村へと戻っていく馬車に頭を下げ、私はあらためて吹雪の舞う山を見つめる。
いったい、あの中心には何があるんだろう。
もしも悪意を持った人だとしたら……私は、どうすればいいんだろうか。
「アデリーナ、大丈夫か?」
じっと山頂を見つめる私に、王子が気遣わしげに声をかけてくる。
……いけませんね。こんな時だからこそしっかりしなくては。
「大丈夫です! さぁ、この先の村へ向かいましょう!!」
雪に閉ざされ馬車も入れなくなった場所に、孤立する人々の生活する村があるのだ。
今夜は村に泊めてもらい、明日の朝から本格的な調査開始となる。
「ロビン、村に着いたらいろいろお手伝いを頼むわ」
「任せてください!」
頭から雪に突っ込んでひぃひぃ泣いていたロビンも、すとんと私の肩に舞い降りる。
悩んでる時間なんてありませんね。
冷たい空気を吸い込んで、私は足を踏み出した。