1 お妃様、冬の訪れを感じる
「ほら、ロビン。もう起きなきゃ」
「うぅ、寒い……あと五分だけ……」
「あらあら。今度オベロン王にお会いしたら、ロビンが仕事をサボって二度寝してましたって報告しなきゃ」
「わあぁぁぁ! 起きます!! 起きますから言わないでー!!」
体に毛布を巻きつけたままぴょーん、と飛び上がったロビンに、私は苦笑した。
だんだんと秋の終わりを感じさせ、冬の気配が近づいてきた。
早朝なんかは特に凍えるような寒さが襲い掛かって来て、毛布から足先を出した途端に冷え切ってしまうほどだ
いつまでも毛布にくるまっていたい気持ちは痛いほどわかるけど……そうもいかないのよね。
特に年中暖かな妖精の郷で育ったロビンは、とにかく寒さに弱いらしい。
もう少し寝かせてあげたいのもやまやまだけど、一応ロビンは修行のためにここにいるんだしね? 私も修行の補佐を命じられた以上、ただ甘やかすだけじゃいけないのだ。
「今日の朝ごはんには暖かいオニオンスープが出るって聞いたから、早く行きましょ」
「ほんとですか!? わぁい!」
途端に元気になったロビンに、思わずくすりと笑ってしまう。
まぁ、元気なのはいいことですよね。
「う~寒い。僕冬の間はペコリーナの背中に住もうかなぁ」
「フェ~?」
「ペコリーナが困るでしょ。ほら、お水替えてきて」
「は~い」
寒い寒いと連呼しながらペコリーナのもこもこにうずまっていたロビンに声をかけると、不服そうな声を出しながらも水を替えに厩舎の外に出ていく。ロビンの姿が完全に見えなくなったことを確認して……私は思いっきりペコリーナに抱き着いた。
「はぁ、あったかい……♡」
「フーン」
ペコリーナの体温と極上のもふもふで、冷えた体がじんわりと温まっていく。
私だって、暮らせるものならペコリーナのもふもふにくるまって暮らしたいですよ!
畑仕事や動物たちの世話など、外での作業がつらくなる季節だけど……泣き言は言えませんね。
「雪でも降りそうなくらいの寒さだけど……まだ早いか」
「フェ~?」
ここ《奇跡の国》の王都では、だいたい雪が降るのは年が明けて一番寒さが厳しくなる頃だし、年によってはまったく降らないことも珍しくない。
雪を見たことがないらしいロビンは、「早く降らないかな~」なんて毎日言ってるけど、実際に雪景色が見られるか見られないかは運次第なんだよね。
「今年は寒いから降りそうだけど……どうなんだろうね」
「フーン」
丁寧にブラッシングをしながらそう話しかけると、ペコリーナは同意するように鼻を鳴らした。
……それにしても寒い年だ。
王国北部の山間部では、もう雪が積もっていると離宮にやって来た王子が教えてくれる。
「それも例年では考えられないほどの積雪で、近隣の民の生活にも影響が出ているようだ。王宮から調査隊を派遣し、情報収集と救援にあたらせているが……自然が相手だと中々思うようには進まないかもしれないな」
「それは心配ですね……」
温かい紅茶を口にしながら、私は窓の外の灰色の空を見上げた。
この空の下で、困っている人が、助けを求めている人がいる。
「……私に、何かできることはないでしょうか」
「今はまだ状況が不確かなことが多い。王太子妃である君の身に何かあってはいけないからな。……心苦しいだろうが、今は民の無事を祈っていてくれ」
「…………はい」
ここで私がしゃしゃり出ても、できることは少ない。
いざという時にすぐ動けるように、準備だけは怠らないでおこう。
というわけで、張り切って手袋やマフラーを編み始めたのですが……なんと、ほどなくして事態は動いたのである。
その日、私は用があって王子たちがお住まいの本宮殿を訪れていた。
用も済んだので離宮に帰って編み物を再開しよう……と廊下を歩いていると、不意に言い争うような声が耳に入る。
「だからといって……俺は反対だ! そんな危険な場所にアデリーナを向かわせるなど――」
あれ、私の話? しかもこの声の主は、アレクシス王子殿下ですね……。
なんとなく張りつめた空気の中に、いきなりのこのこ出ていくのもはばかられたので……私はそっと曲がり角に身を隠し、様子を窺った。
王子に、コンラートさん。それに一緒にいるのは……前に私が塔で会った魔術師さん?
意外な組み合わせに驚いていると、魔術師さんが落ち着き払った様子で口を開く。
「しかしながら王太子殿下、我々の力では太刀打ちできない事態です。今も孤立する民のためにも、『魔法使い』であらせられる王太子妃殿下にお力添えいただくべきかと」
「……あなたたち魔術師の塔の人員では、例の異常気象の原因の究明及び対策は難しいということですか」
「えぇ、あの吹雪の中心と思わしき方向に、我々のものとは違う異質な魔力を観測いたしました。しかし我々では近づくことも、魔力源を取り払うことも叶いません。お恥ずかしながら、王太子妃殿下のお力をお借りすべきかと存じます」
「……王子、私も彼と同意見です。妃殿下に北の山へ向かっていただき、原因を探り対策を練るべきかと」
「正気かコンラート! アデリーナをそんな危険な目に遭わせるなんて――」
「……王子。これが自然現象ならともかく、何らかの魔術が絡んでいるとなると、放っておけば収まるなんて希望的観測は捨ててください。それどころか。王国全体に波及し国の存亡にかかわる可能性もあります。この現象が一部の地域で済んでいるうちに、どんな手でも打っておくべきかと」
――国の存亡にかかわる可能性もある。
重い響きを持つその言葉に、私は息を飲んでしまった。