27 お妃様の、平穏な日々
さてさてそんなわけで、いろいろと想定外の出来事はあったものの、私たちは無事に懐かしの《奇跡の国》の王宮へと帰り着くことが出来ました。
「白馬の王子様って素敵ですよね~」と私がうっかり零したら、王子は得意げにペガサスに騎乗する姿を見せてくださったり。
更にはその状態で帰城したものだから、王宮のご婦人方はその凛々しい姿に大興奮。
ますます王子の人気が上がっちゃって、私としては少し複雑な気分になってみたり。
「王子の愛馬」というポジションを手に入れたペガサスは、専用の立派な厩舎も貰って落ち着くかと思いきや……。
「見てください妃殿下! 王子がペガサスに乗ってお越しです!」
侍女の弾んだ声が聞こえ、ちくちくと刺繍に没頭していた視線を上げる。
窓の外では、華麗の空を舞うペガサスに乗った王子が地面に降り立つところだった。
王子殿下は、以前にも増して私の離宮を訪れてくださるようになった。
私もお出迎えしなければと、慌てて刺繍を置いてエントランスへと急ぐ。
「いらっしゃいませ。王子、ペガサスさん」
「ブルルル」
鼻を鳴らして私に挨拶をしてくれたペガサスさんは、明らかに離宮の牧場の方を気にしている。
王子が「行っていいぞ」と首のあたりを軽くたたくと、嬉しそうに駆けていった。
「まったく……少しでも離宮に行くのに日が空くと、早く連れていけと暴れるそうだ」
「あらら、それは大変ですね……」
傍から見れば、ペガサスを乗りこなす麗しの王子が愛する妃の住まう離宮へ足蹴く通っているように見えるだろう。
だが実際は、ペガサスさんが「ペコリーナに会わせろ!」と暴れて周りを困らせ、王子が渋々連れてきてくださってるような状態なのである。
ペガサスさんにもペガサスさんなりのプライドがあるらしく、アレクシス王子以外は背に乗せないどころか、一緒にお散歩をするのも嫌がるのだ。
一応、王子のことを認めているんですよね。
私としては王子が頻繁に来てくださるのは嬉しいけれど、やっぱりご無理はしてほしくありませんね。
「私たちも少しお散歩しませんか? 午前中は刺繍ばっかりしていたので、少し体を動かしたいんです」
「あぁ、俺も書類仕事に忙殺されていたからな。肩が凝ってたまらない」
かくして、私たちは離宮を出てのんびりとお散歩と相成りました。
季節が変わり、美しく広がる庭園は私がここに来たころに比べてずいぶんと様変わりしている。
思えば私がここにやって来て、けっこうな時間がたったものだ。
「なんだか不思議ですね……」
「何がだ?」
「いえ、まさかこんなに長くこの離宮で過ごすことになるなんて、初めて来たときには思わなかったものですから」
何となくそう零すと、王子はくすりと笑った。
「案外、世の中そんなものなのかもしれないな。ペガサスがアルパカに惚れたりするんだ。何が起こってもおかしくはないさ」
「あはは、確かに……」
牧場の方に視線をやれば、相変わらずペガサスさんは翼をバッサバッサと広げてペコリーナにアピールしている。
ペコリーナの方はよく意味はわかってなさそうだけど、そろそろペガサスさんのことを「お友達」くらいには認識するようになったようだ。
「フェ~」と可愛らしく挨拶をして、ペガサスさんは嬉しそうに尻尾を揺らしている。
確かに、私の人生も予測のつかないことばかりだ。
運命なんてものがあるのかどうかはわからない。
ディミトリアス王子とヘレナ様みたいなお二人だったら、物語の中のような運命の恋人だって言われても納得できるんだけど……きっと私には、そんな確かなものはないんだろう。
少しボタンを掛け違えたら、きっと今とは違う未来が待っていた。
もしかしたら、アレクシス王子とエラが結ばれる未来があったのかもしれない。
私がハイメと一緒に、七つの海を航海する未来があったのかもしれない。
でも今、私の隣にいるのはアレクシス王子で、王子の隣にいるのは私。
だったら、精一杯この時間を、無数の分岐の中から進んできた今を大切にしたい。
「はぁ、帰ってきたらきたでやることいっぱいですね。お茶会の招待状はどっさりだし、王太子妃としてのお仕事も振られるようになりましたし、エラの屋敷の手入れにも行きたいし魔法の勉強もしたいし……」
「はは、大変だな。……アデリーナ」
王子が真剣な声色で私を呼ぶ。
真っすぐに視線を合わせると、彼はそっと顔を近づけて囁いた。
「……逃げたいか?」
「いいえ、逃げませんよ」
はっきりとそう告げると、王子は驚いたように目を丸くした。
そんな彼に私はとびっきりの笑顔で告げる。
「王子、私を選んでくださってありがとうございます」
絵本のページをめくるように、決められた筋書きじゃない。
定められた運命でもない。
王子が、自分の意志で私を選んでくれたのだ。
だったら私は、その選択を誇りに思いましょう。
「……あぁ」
視線が絡まり合い、どちらからともなく唇を重ねる。
これで私も、少しは絵本の中のお姫様みたいに見えるかな?
「あっ、そういえばヘレナ様から貰った珍しいハーブの種を植えたら、芽が出たんですよ! 見に行きませんか?」
不意に思い出してそう口にすると、王子はくすりと笑った。
「まったく……君はブレないな。是非見せてもらおうか」
そんなブレない妃を選んだのはあなたですからね?
そんな思いを込めて、私は王子の手に自分の手を重ねた。
誰かが歩いた足跡は道になって、歩んだ時間は物語になる。
だから私は、今日も私の物語を紡いでいくとしましょうか。
これにて章完結です!
そして明日からは新章に入るので、また見に来ていただけると嬉しいです。