26 お妃様、天馬の恋路を見守る
さてさてそんなわけで無事にディミトリアス王子とヘレナ様の結婚式も終わり、私たちはのんびり残りの滞在期間を楽しんでおりました。
「海だー!」
「フェ~」
ロビンは初めての海に大はしゃぎで、ペコリーナも嬉しそうにフンフン鳴いている。
「アレクシス王子の療養のため」という名目で、少しだけ滞在日数を伸ばしてもらったのです。
しかし王子は早々にベッドを抜け出して、本日は私と一緒に釣りに興じております。
本人は大丈夫だっておっしゃってるし……まぁ、少しくらいはのんびりしてもいいですよね!
今日は爽やかな快晴で、こうやってのんびり釣り糸を垂らしているとついうとうとしてしまう。
トコトコと私の隣までやって来たペコリーナが、くてんと足を崩してお座りして海を眺めている。
はぁ、平和ですねぇ……。
なーんてぼぉっとしていると、不意にズドドド……とものすごい勢いで何かが駆けてくる足音が聞こえてきた。
「な、何でしょう……?」
「わからないが……アデリーナ、俺の後ろに」
慌ててペコリーナを起こし、いつでも逃げ出せるように準備を整える。
ダンフォース卿とゴードン卿も剣を構え、一気に物々しい雰囲気が漂う。
そして、砂埃を巻き上げながら私たちの前に姿を現したのは――。
「ペガサス!?」
純白の体躯と翼を持つペガサスが、何やら怒り狂った様子でこちらへ駆けてくるではないですか。
轢き殺されるかと思って焦ったけど、ペガサスは律義にも私たちのも手前で急停止し、いななきをあげる。
「ヒヒン! ヒヒン!!」
「何だ!? 何か言いたいのか……?」
まるで詰め寄るように、ペガサスは前足を振り上げアレクシス王子の前でしきりに鳴いている。
確かに、何か王子に訴えたいようですね……。
その様子を観察していると、不意にペガサスの視線がこちらを向く。
私と、私の隣で怯えたように「フーン」と鳴くペコリーナを見た途端、ペガサスは驚いたように飛び上がった。
そして今まで怒り狂っていたのが嘘のように、「ブルルル」と鼻を鳴らすと、取り澄ました顔で悠然と翼を広げたではないか。
……これ、がっつりペコリーナへのアピールですよね。
なるほど、超然たる幻獣ペガサスさんといえども、好きな子に幻滅されたくはないんですね……。
でも、王子に何を言いたかったんだろう……?
「王子、何かお心当たりはございませんか?」
「…………ない、こともない」
王子は少し気まずそうに、私から目を逸らした。
あれ、そういえばこのペガサス、わざわざ私を助けに王子と一緒に海賊船まで飛んできてくれたのだった。
ということは、王子はこのペガサスを乗りこなしたんですよね?
誰も乗りこなせなかったペガサスを、短時間で乗りこなしたアレクシス王子。
そのペガサスが好きなのはペコリーナ……はっ、まさか!
「王子! まさかペコリーナをダシにペガサスを懐柔したりしてませんよね!?」
「……緊急事態だったんだ。あの海賊船に追い付くにはそれしかなかった」
「そんな……ひどいです! ダメって言ったのに、ペコリーナを勝手にお嫁に出すなんて!!」
「違う、聞いてくれアデリーナ。確かに俺はあのペガサスに交渉を持ちかけた。今俺を乗せてくれれば、ペコリーナと一緒に《奇跡の国》に連れ帰ってやるとな!」
「え……?」
嫁入りではなく、まさかの婿入りの相談だった!?
「俺が提示したのは国に連れて行ってやるということまでだ。ペコリーナにその気がなければ無駄足に終わるだけだろう」
「確かに、ペコリーナの方はまったくそんな気はなさそうですね……」
ペガサスの必死のアピールもどこ吹く風で、ペコリーナはフンフンと足元の草の匂いを嗅いでいる。
ペコリーナと離れないで済みそうなので、私はほっとした。
「でも、希少な幻獣を連れて帰ることなんてできるんですか?」
「……今、コンラートに確認を頼んでいる。《栄光の国》側で却下されれば、もちろん連れて帰ることはできないだろうな。……というか、できれば許可を出さないでほしいものだが――」
「残念、たった今許可が下りたところです」
「えっ?」
振り返れば、いつの間にやって来たのかコンラートさんが一枚の書類を手に立っていた。
王子がひったくるようにして書類に視線を走らせ、私も横からそっと覗き込む。
……確かにそこには、ディミトリアス王子のサインと共に「二国の友好のためにペガサスを贈呈します。世話とかよろしくね」みたいなことが書いてあるではないですか。
どこかうきうきとした文面から、なんとなく厄介払い的な空気を感じないでもありませんね……。
「ヒヒン!」
ペガサスが得意そうにいななきを上げ、王子はげんなりした表情になる。
あらあら、もとはといえば王子が約束したんだから、きっちり守ってあげてくださいね。
「ふふ、大きなお土産が出来ましたね、王子」
まさしく「白馬の王子様」となってしまったアレクシス王子は、催促するように鼻を鳴らすペガサスを見て大きくため息をついた。