22 お妃様、王子の秘密を知る
慌てて王子を部屋に運び込み、来てくれた侍医さんによると……どうも過労のような症状が出ているとのことだった。
「しっかり休息と栄養を取るのが一番でしょう」と言われ、私は震えながらも頷いた。
王子はいつも忙しくしていらっしゃる。こうして疲れが出てもおかしくはない。
それに、私を助けるためにいろいろとご無理をされたのかもしれない。
情けないやら申し訳ないやらで、私はただただベッドの傍らで王子の手を握り締めていた。
王子は疲れて眠っているようだけど、時折苦しげに呻いている。
握り締めた手は、灼熱の塊のように熱い。
「王子……」
思わず涙が零れそうになって、ぐっと唇を噛みしめた。
今は泣いている場合じゃない。泣いていたって、事態が好転するわけじゃない。
だから、私は私にできることをしなければ。
「……妃殿下、少々お話をよろしいでしょうか」
いろいろと手配に奔走していたコンラートさんが、部屋に戻ってくると同時にそっと声をかけてくる。
……何かあったのだろうか。
頷いて立ち上がると、別室へと案内された。
「ゴードン、重要な話をするので人払いを頼みます」
「了解」
先に部屋の中で待機していたゴードン卿が、ちらりと私たちの方へ視線をやり、そのまま部屋を出ていく。
コンラートさんは私に椅子を勧めると、自身も向かい側に腰を下ろした。
重要な話……間違いなく、今の王子の容体についてだろう。
「妃殿下、無事に戻られたばかりの貴女に苦労を掛けるのは本意ではないのですが……少々、確認したいことがあります。貴女が海賊に連れ去られ、アレクシス王子が救出に来られた時のことを……詳しくお伺いしてもよろしいでしょうか」
「はい、大丈夫です」
コンラートさんの話によると、アレクシス王子は私が海賊船に誘拐された後、ペガサスを駆って飛び出して行ってしまったそうだ。
私も、私の見た光景をそのままお話しすることにした。
王子がペガサスに乗って私を助けに来て、甲板に出ると大勢の海賊が倒れていたことを話すと……コンラートさんは神妙な顔で頷いた。
「そうですか、やはり……」
「あの、何か王子の容体の原因にお心当たりがあるのですか?」
「……えぇ、いくらなんでも、王子がたった一人で大勢の海賊を昏倒させるなんて不可能だとは思いませんか?」
……確かに、私もその光景を見た時は驚いたものだ。
あのすぐ後に船が墜落しかけて、それどころじゃなくなったから深く気にすることはなっかったけど……冷静に考えてみれば、おかしい。王子は、いったいあの場で何をしたのだろう……?
「……ここから先の話は、重要な国家機密になります。妃殿下も、決して他者には漏らさぬように願います」
いよいよ本題だとでもいうように、コンラートさんは声を潜めてそう口にした。
彼を安心させようと、私は深く頷いて見せる。
「えぇ、大丈夫です」
これでも口は固い方ですから、ご心配なく。
ごくりと唾を飲んで次の言葉を待つ私の前で、コンラートさんはゆっくりと口を開いた。
「アレクシス王子に限らず、王族というのは特別な存在です。生まれた時から人の上に立つことを運命づけられ、その道を逸れることは許されない……。それ故に、王子は様々な加護を授かっていらっしゃいます」
「加護……ですか?」
「えぇ、妃殿下も妖精王にお会いしたでしょう? あのように人ならざる存在――妖精や、あるいは他のなにかから、強力な加護を授かっているのですよ。なにしろ重大な機密なので、私もすべてを把握しているわけではありませんが……」
妖精や賢者が善き人に加護を授けるなんて言うのは、おとぎ話でもよくある話ですね。
確かに、以前お会いした妖精王――オベロン様は、私なんて太刀打ちできないほど強い力を持っていた。王子は前にも妖精の郷に行ったことがあるって言ってたし……もしかして、加護を授かりに行ったのかな?
そっと頷くと、コンラートさんは話を続ける。
「ただ、この加護というのが少々厄介で……なにしろ人ならざる者から授かるので、時に人の身には重すぎるものもあるようです」
「え……?」
「副作用、もしくは反動のようなものでしょうか。人の力を超越するほどの強い力を行使できる代わりに……己の許容を越えた力を行使すれば、その身が耐えられないのでしょう。最悪、命のにも関わります」
「そんな……それって、まさか……」
ざっと全身から血の気が引いた。
私の反応を見て、コンラートさんも私が答えにたどり着いたのがわかったのだろう。
「えぇ、おそらくは……妃殿下を救出する際に、王子は何らかの加護の力を行使されたのでしょう。確かに王子は武芸も身に着けていらっしゃいますが、ろくな準備もない中で大勢の海賊を打ち倒すことができるとは思えません」
そんな、じゃあ……王子が倒れたのは、私のせい……?
命の危険だってあったのに、王子は私を助けるために無理をしてしまったんだ……!
「……ですから妃殿下、一つお願いがあります」
コンラートさんが神妙に切り出した言葉に、心臓が嫌な音を立てた。
彼が何を言いたいのかは、もうわかっている。
私がいると、今回みたいに王子に負担がかかってしまう。
だから、私がいなくなれば――
「これからも、王子の傍にいてくださいませんか」
…………あれ?
「えっ、逆じゃないんですか? 私がいない方が――」
「とんでもない! 妃殿下がいなくなったら王子がどんなふうに暴れるか想像するだけで恐ろしい……! 王子は妃殿下を取り戻すために、たった一人で海賊船に乗り込んで大暴れなんて無謀なことをしでかしたんですよ? もし妃殿下がいなくなったりしたら……何もかも放り出して暴走しながら地の果てまで貴女を追いかけるでしょう」
「ひえぇ……」
うぅ、考えるだけで恐ろしい!
「王子の精神の安定と国の未来と私の胃のために傍にいてください」と懇願するコンラートさんに、私は慌てて何度も頷いた。
「私で良ければ……これからも王子のお傍にいさせてください」
こんな私でも、たくさんのものを背負う王子の支えになれるのなら。
……精一杯、頑張らなくては!