11 お妃様、王太子妃の仕事に恐れおののく
あのキャロットケーキ事件の後、王子は時々私の住む離宮を訪れるようになった。
王子忙しそうだもんね。私のニート生活が羨ましいのかもしれない。
せめてもの慈悲で、王子が来るたびにちょっと田舎臭い手作りスイーツを振る舞って差しあげている。
彼は意外とこういう味が好きみたいだ。普段は最高級の料理ばっかり食べてるから、珍しいのかな。
彼が嬉しそうに私の手作りスイーツを口にする姿を見ていると、ついつい昔のエラを思い出してしまう。
あの子は昔から野菜が苦手で、食べさせるのに随分と苦労したっけ。
うまくお菓子に混ぜると食べてくれることを発見してからは、工夫を凝らして野菜スイーツをたくさん作ったなぁ……。
ニンジンが苦手であるらしい王子も、エラと同じようにニンジンが食べられるようになってくれれば嬉しいんだけどね。
……なんてことを考えてるなんて知られたら、「不敬だ!」って怒られるかしら。
そうそう、王子が私の専属騎士として選んでくださったダンフォース卿も、とても話しやすい人で助かったのだった。
元々は王子の近衛隊にいたみたいで、身分も容姿も実力も揃った超エリート騎士様なのです。
気さくな性格の紳士で、今では離宮の周辺で働く女性たちのアイドル的な存在になっている。
最初は私の身辺警護!……ってことでじっとしていたけど、そもそも離宮周辺から動かない私は危険な目などに遭わないのである。
数日たつと、ダンフォース卿も暇で仕方なくなったのか、私の農作業やお菓子作りを手伝うと申し出てくれたのだ。
いきなり王子がやって来てダンフォース卿と一緒にパン生地をこねているところを見られた時は焦ったけど……意外と王子はエリート騎士をお菓子作りに従事させていることについては何も言わなかった。
私の専属騎士ってことだし、私の傍に居てくれればそれでいいのかな?
王子と顔を合わせる機会が増えるにつれて、私は少しずつ彼に関しての認識をあらためつつある。
最初にお城に連れてこられた時の強引さからいって、もっとわがままで手のつけようもないような暴君気質かと思っていたけど……意外なことに、普段の王子は割と穏やかな人物だった。
私のスローライフも許容してくれているくらいだし、意外と懐は広いのかもね。
今では彼と顔を合わせても、胃がねじれそうになるほどの緊張感はなくなった……ような気がする。
でも、欲を言えば……この離宮に来るときは、事前に連絡をくださると助かるんですけどね……!
ちょうどパンの生地をこねているときにこちらへいらっしゃって、小麦粉まみれの姿で応対する羽目になったこともある。
王子は私が綺麗に着飾っていようが、小麦粉まみれのだらしない姿でいようがたいして違いはないと思われるのかもしれませんが……私としては、せめて少しでもまともにお迎えしたいと思うんですよ!
……ってことも何度も王子に申し上げているのに、何故かあまり改善は見られない。
まぁ、どんな姿でも王子が文句を言うことはないからいいんだけど……。
そんな感じで平和な日々を過ごしていると、ある日突然嵐はやってきた。
「来月、南の国の使節団を我が国に迎え入れることになった。君も歓迎パーティーには出席するように」
「あら、そうなのですか…………え?」
いつものようにやって来た王子の言葉をうっかり世間話として聞き流しかけて、慌てて意識を戻す。
王子は何事もなかったかのように、私の淹れた自家製カモミールティーを召し上がっていらっしゃいますが……今、なんとおっしゃいました!?
「あの、私も……出席するのですか?」
「そう言ったつもりだが、聞こえなかったか?」
いや、聞こえましたよ。でもおかしいじゃないですか!
私はエラに逃げられた王子の体裁を取り繕うためだけの妃で、結婚式を終えた時点でほぼ仕事は終わったと思っていたのに。
そんな本物の王太子妃っぽい役割もあるなんて、聞いてませんよ!?
「南の国の使節団の、歓迎パーティー……ですか」
いやいや、私をそんな重要な場に出して大丈夫だとは思えない。
結婚式の夜、私は王子に「愛人でも側室でも自由に作っていただいて構いません」と告げたはずだ。
私に王太子妃の役目が務まらないのは明白である。だからてっきりそろそろ私の代わりに有能な愛人でも作っているのかと思いきや、そんなことはないのでしょうか……。
「その、私にそんな大役が務まるとは思えませんが……」
「心配か? なら明日からこちらに教師を手配しよう」
いえいえ、私を教育するんじゃなくて、私の代わりに誰か連れてってくださいよ!
……なんて、小心者の私には言えるわけがなかった。
代わりの者がいないのなら、私が出席せざるを得ないのだろう。
仕方がない。お飾りとしての価値もない妃ですが、アレクシス王子のために一肌脱ぎましょう。
……だから、失敗しても責めないでくださると嬉しいです。