20 お妃様、信じる心を
「王子は先に逃げてください! 私も後で行きますので!!」
「そんな見え透いた嘘に引っかかると思うのか!」
なんと、王子まで私を追いかけてきてしまった!
連れ戻されるかと思いきや、彼は真っすぐに私の方を見つめて問いかけてくる。
「……勝算は、あるのか」
……王子は、私を信じてくれていた。ただやみくもに飛び降りたのではなく、この状況を何とか出来る手があるのだと信頼してくれていたのだ。
「……確証はありません。ですが、私の魔法ならなんとかできるかもしれません」
思い出せ、魔法使いのヒューバートさんが言っていたことを。
――「あぁ、じゃあ今教えてあげるよ。魔法っていうのは、『こうしたいな~』とか『こうだったらいいのにな~』とか考えながら『えいっ!』ってやるとできるよ」
なんて曖昧でアバウトな説明なんでしょう!
でも、今はそれが有難かった。
くどくどと小難しい理屈なんて並べ立てられたら、こんな状況で冷静に思い出せるわけないからね!
なんとか船の墜落を避けたい。そのためには――。
「うわーん! 僕がもっと立派な妖精だったら、妖精の粉でみんなを飛ばせてあげられたのに~!!」
「それだ!」
パニックになって飛び回るロビンの胴体を掴むと、悪いと思いつつもぶんぶんと上下に振る。
「目がまわる~」
「ごめんね、ロビン……!」
思った通り、私の指先にパラパラと金色の粉が落ちてきた。
――妖精の粉を浴びて、信じる心があれば空も飛べる。
昔、エラと一緒に読んだ絵本にそう書いてあったっけ。
ふっと指先に息を吹きかけ、粉を散らす。
意識を集中させ、強くイメージする。この粉が海賊船を包み込み、そして――。
「お願い、飛んでっ……!」
もう海面がすぐそこまで迫っている。
衝撃から守るように、王子が私を強く抱きしめてくれた。
だが、ぶつかる寸前に……ふわりと優しい浮遊感が私たちを包み込んだ。
見れば、墜落直前だった船がどんどんと上昇しているではないか!
「えっ、もしかして僕の秘められたパワーが覚醒しちゃった!?」
「ふふっ、そうかもしれないわね」
きらきらと光る妖精の粉が、船全体を包み込んでいる。
嬉しそうにはしゃぐロビンを眺めて、私はほっと安堵の一息をついた。
はぁ……本当にギリギリだったけど、助かって良かった!
「まったく……とんでもない女だな、あんたは」
苦笑しながらハイメがこちらへ近づいてくる。
王子が警戒を露に私を背後に庇おうとしたけど、私はあえて一歩前に出て、ハイメに向き合う。
彼には、伝えなければならないことがあるから。
「……ハイメ、私のことを心配してくれてありがとう。でも、私……今の生活が不幸だなんて思わない。けっこう気に入ってるのよ」
確かにお妃様は大変だけど……楽しいこともありますからね!
あの日、王子がエラの代わりに私を連れて帰らなければ、私の運命は大きく変わっていたに違いない。
でも、散々な始まりを経た今があるから……私は多くの人に出会えた。
そのすべてをなかったことにしたいとは、決して思えないのだ。
「……そうか」
ハイメは私の決意を聞くと、切なげに笑った。
私を見て、私の背後の王子を見て、もう一度私を見て……彼はやれやれと肩をすくめた。
「まったく……大人しい面してたいしたタマだな、あんた。あのババアなんか無視して、もっと早くに口説き落としておくべきだった」
「あはは……」
ハイメは一歩こちらへと近づくと、そっと私の頬に触れる。
その手つきは、泣きたくなるほど優しかった。
「……逃げたくなったら、いつでも俺を呼べ。世界中のどこにいても、すぐにさらいに行ってやる」
「ハイメ……」
なんて返事をしようか迷ったけど、私が何か言う前に背後からぐい、と王子に抱き寄せられる。
「ふん、そんな日は一生来ないから安心しろ」
「そうやってあぐらかいてると足元掬われるぜ、王子様?」
「なんだと……?」
「ちょ……ここで喧嘩はやめてください! また船が落ちたらどうするんですか!!」
慌てて二人の間に割って入ると、彼らは顔を見合わせてふっと笑った。
「……不幸にしたら殺すからな」
「あぁ、肝に銘じておく」
ハイメの言葉に、王子は今度は素直に頷いた。
そして私の手を取ると、もう一度ペガサスに乗せてくれる。
「早く戻ろう、アデリーナ。これ以上君の不在が長引くと、本気で国際問題になりかねない」
「ひえぇ……」
それはいろいろとまずいですね……!
背後から王子に抱きかかえられるようにしてペガサスに乗り、最後にハイメに視線を向ける。
いきなり公衆の面前で誘拐なんて方法はいただけないけど、彼は彼なりに私のことを心配してくれていたのだ。
その想いだけは、無下にしたくなかった。
「……ありがとう」
私がそう呟くと同時に、ペガサスは翼をはためかせ宙へと飛び立った。
だんだんと小さくなるハイメが、私の方を見て笑ったのが見えた気がした。
「これが修羅場ってやつですよね、アデリーナさま?」
ニヤニヤと笑いながらそう声をかけてきたロビンの頬を、私はちょっと照れながら突っつくのだった。