19 お妃様、気づけば修羅場の中心に
「アレクシス王子……!?」
現れたのは、まさに「氷の王子」の異名にふさわしく、冷たい瞳でこちらを見据えるアレクシス王子だった。
「アデリーナさま、僕もいます!」
王子の肩の上に、ひょっこりとロビンが顔を出してアピールする。
突然現れた二人を見てハイメは驚いたようだが、すぐにくつくつと笑う。
「これはこれは……まさかこんなところまで追ってくるとは、ご苦労なことだな」
「たとえ空の上だろうが地の果てだろうが、アデリーナを取り戻すためなら俺はどこへ行くのも厭わない」
その言葉に、胸がじわりと熱くなる。
王子……こんなところにまで、私のために来てくださったんですね……!
「最後通告だ、賊。今すぐアデリーナを返せ。さもなくばその首と胴体を切り離すぞ」
「嫌だと言ったら? 海賊が盗んだお宝を『はいそうですか』と返せるかよ。それに……」
ハイメの金色の瞳がきらりと光る。
彼は憎しみすら感じられる視線で、アレクシス王子の方を睨んでいた。
「お前のもとにいても、アデリーナは飼い殺しにされるだけだ。こいつは籠の鳥に収まるような女じゃない。……俺はアデリーナを、不幸な魔女にしたくはないんでな」
その言葉に、私は息を飲んでしまった。
「ハイメ、私が魔女だってこと――」
「あ? 知ってるに決まってんだろ」
何で知ってるの!? でも、今は詳しく問いただしている時間はなさそうだ。
「わざわざ厄介な魔女を選ばなくても、妃にふさわしい女なんて他にいくらでもいるだろ。こいつは諦めろ、王子」
ハイメの言葉に、アレクシス王子はすっと目を細めた。
「魔女だとか、そんなのは関係ない。たとえ周りが何を言おうとも、アデリーナは俺の唯一の妃だ。貴様こそ、いきなり湧いてきた癖に俺とアデリーナの間に割って入れるとでも思ったのか?」
挑発的な王子の言葉に、ハイメはあからさまに不快そうに表情を歪めた。
二人の間には、一触即発の緊迫した空気が漂っている。これは、よくないですね……!
「わぁ~。アデリーナさま、これってあれですよね。『私のために争わないで~』ってやつ?」
「ロビン……! たぶんそんな生やさしい感じじゃないわ!!」
こんな時でも、ロビンはどこか嬉しそうにぱたぱたと私のもとへ飛んできた。
慌ててロビンを手のひらで抱きかかえながらも、私ははらはらと二人から目が離せなかった。
「……口を慎めよ。王子だろうが何だろうが、海賊にとっちゃただの敵だ。デイヴィ・ジョーンズの監獄に送られたくなきゃさっさと消えな」
「貴様こそ、ただのならず者が偉そうな口を叩くものだな。アデリーナは既に俺の妃だ。惨めな横恋慕は身を滅ぼすぞ」
「言っとくけどな、いきなり湧いて出てきたのはてめぇの方なんだよ。俺はなぁ、もうずっと前からアデリーナのことを見てきたんだ。てめぇよりもずっと前からな」
ハイメの言葉に、王子は驚いたように目を丸くする。
その隙を見逃さずに、ハイメは畳みかけた。
「お前の独占欲はアデリーナを不幸にするだけだ。妃なんて狭苦しい立場に好きな女を押しやるのが、お前の愛情なのか!?」
……違う。
確かに、お妃様って立場はちょっと窮屈だと思わないこともないけれど……でも、私は決して不幸なんかじゃない……!
「待って」
何とか足に力を入れ、立ち上がる。
驚いたようにこちらを向いた二人の視線を受け止め、私は口を開いた。
「私は決して不幸なんかじゃないわ。だって――」
大好きな人の傍にいられるから……と続けようとした時、急にがくんと船が揺れた。
「ひゃっ!」
「「アデリーナ!」」
バランスを崩して顔面から床にダイブしそうになったけど、両側から王子とハイメが支えてくれた。
もう、かっこよく決めようとしてたのに……! じゃなくて!!
「なに、この揺れ……!」
「ちっ……とにかく出るぞ!」
ハイメは珍しく焦ったような表情で、王子の蹴破った船室の扉を越えて外へと飛び出した。
どうやらこの船の船長である彼にも、今の事態は想定外のようだ。
これはまずい……!
「行きましょう、王子!」
あたふたと飛び回るロビンの胴体を掴み、私も外へ飛び出した。
その途端目に入るのは、甲板に転がった死屍累々の海賊たち。
「えっ、生きてますよね……?」
「あぁ、俺の邪魔をしようとするから少し寝かせてやっただけだ」
王子はさらりとそう言ったけど……お一人でどうやって!?
すごく気になるけど、今はそれどころじゃない。
何とか状況を把握しようとあちこちに視線をやり、またもや私は驚愕してしまった。
上空でパタパタと翼をはためかせ、こちらを見下ろしているのは……まさか、ペガサス!?
「なんでペガサスが……」
「俺が乗って来たんだ。それよりも、この揺れはまずそうだな……!」
船はまるで荒波に揺られるかのように、激しく揺れ動いている。
ハイメはすぐさま舵に飛びついたが、すぐに舌打ちして悪態をついた。
「ちっ、制御を失ってやがる……!」
「このままだとどうなるの!?」
「最悪、墜落するな」
ハイメが乾いた笑いを浮かべてそう口にする。
そんな、墜落するって……。
ハイメは真っ青になった私を見つめ、次に私を支えるように立つ王子の方へ視線をやった。
そして……どこか切なげにため息をつくと、意を決したように口を開いた。
「お前らはあの羽が生えた馬に乗って逃げろ」
「……あなたは、どうするの」
「俺はこの船の船長だ。最後は船と運命を共にするのも悪くねぇだろ」
「そんな……」
そう話している間にも、がくんと船が大きく揺れた。
どんどんと船首が下へ傾き、高度が下がっているのがわかる。このままでは、そう遠くないうちに船は墜落し、海面に叩きつけられ……海の底へと沈んでしまうだろう。
そうわかっていても、彼はこの船を離れようとはしないのだ。
……きっと、仲間の海賊も、この船も見捨てられないから。
「ぼさぼさしてんな、早く行け!」
「ハイメ、でも……!」
「……惚れた女を巻き込みたくねぇんだよ、そのくらいわかれ」
そんなハイメの言葉に、私は何も言えなくなってしまった。
「……行くぞ、アデリーナ」
「王子! でも――」
「あいつの気持ちもわかってやれ」
王子はそう言って、私の肩を抱くようにして踵を返そうとする。
……確かに、私がここに残っても何かできるわけじゃない。
でも、だからって……ここでハイメや彼の仲間を見捨てるのが、正しい道なの?
アレクシス王子が指笛を吹くと、すぐさまペガサスが甲板に降り立つ。
王子は私を抱き上げ、真っ先にペガサスの背に乗せてくれた。
もうかなり海面が近づいてきている。私たちも早めに逃げないと危ないだろう。
そうわかっていたけど、私は――。
「……ごめんなさい、王子!」
「アデリーナ!?」
するりとペガサスの背から飛び降り、再び甲板へと降り立つ。