18 お妃様、海賊に迫られる
「わ、私を誘拐しても《奇跡の国》は身代金なんて払いませんよ……!」
「はぁ?」
「ずっと外にいても疲れるだろ」と、ハイメは呆然自失の私を船室へと案内してくれた。
そこでやっと我に返った私は、とりあえず「私を誘拐してもメリットはないですよ」と伝えておくことにした。
うっかり私を人質に身代金請求でもされたら、皆に迷惑がかかってしまう。
それだけは避けなくては!
しかし私の決死の宣言に、ハイメは不快そうに眉をしかめただけだった。
「別に金なんていらねぇよ」
「え……? じゃあなんで私を誘拐したの?」
私の価値なんて、「王太子妃」という立場を盾にお金をせびることくらいしかなさそうなんですが……。
きょとんとする私に、ハイメはふっと笑った。
「知りたいか? なら教えてやるよ」
ハイメの金色の目がきらりと光る。その視線の強さに、思わずぞくりと肌が泡立つ。
彼が一歩こちらに踏み出したのが見えて、反射的に私も一歩身を引いてしまった。
だがここは狭い船内。すぐに背中が壁に当たり、あっと思った時には既にハイメが目の前まで迫っていた。
そのまま彼の顔がゆっくりと近づいてきて――。
「え、待って無理ほんと無理」
「……そこまで直球に拒絶されると傷つくんだが」
間近にまで迫っていた彼の顔を全力で押し返すと、ハイメは呆れたようにため息をついた。
いやいやいや、ため息をつきたいのはこっちですよ!
「あ……あなたが好きなのは姉さんでしょ!? こういうのはよくないわ!」
紛れもなく姉妹ではあるけれど、正直私と姉さんは全然似ていないと思う。
見た目も、性格も。だから、代わりにもならないと思うんですけど……。
だが私がそう口にすると、ハイメは心外だとでも言うように表情を歪めた。
「待て、何でそうなる」
「だって……その、悪いと思ったけど聞いてしまったの。あなたが母さんに、『あんたの娘に求婚を申し込みたい』って言ってたところを……」
「……娘なら、ヒルダ以外にもいるだろ」
「まさかエラ!? あの子は駄目よ!!」
不審者じみた人物ではあるけど、エラには想い合う相手がいるのだ。
割って入るような真似は、姉として見過ごせません!
だがハイメはまたしても呆れたようにため息をついて、私の頬にそっと触れたかと思うと……思いっきりぐにーんと引っ張ってきたではないか!
「いひゃい!」
「……あんた、やっぱりズレまくってんな。俺が何のためにあの屋敷に通って、せこせこあのババアに貢いでたと思ってるんだよ」
あのババア……母さんのことかな?
「それは、姉さんとの結婚を許してもらうため……?」
「だから違うって言ってんだろ。俺は、あんたに求婚するためにあの屋敷に通ってたんだよ!」
「………………え?」
一瞬、頭が真っ白になってしまった。
ハイメは私に求婚しようとしていた?
そんな……じゃあ、何度も私に話しかけてきたのも遊びのついでじゃなかったの?
珍しい貝殻や木の実をくれたのも、単に姉さんのおまけだったんじゃなくて……もしかして、そういうものの方が私が喜ぶって知ってたから?
「あんたの母親は、アデリーナと結婚したいならあれを持ってこいこれを持ってこいって何度も無理難題を押し付けてきて……まさか、律義に課題をこなしてるうちに横から王子にかっさらわれるとは思ってなかったな」
「な、なんで私……?」
私は姉さんみたいに美人じゃないし、スタイルもよくない。エラみたいにはっと息をのむような美しさや存在感があるわけでもない。
まさか、二人をスルーして私に求婚する人が現れるなんて、今まで想像したことすらなかった。
「なんでだろうな……。自分でもはっきりわかるわけじゃないが、あんたを見てると放っておけないんだ」
ハイメはゆっくりと私の手を取ると、指先を絡めるようにして握った。
「俺と来い、アデリーナ。王太子妃なんて……あんたに籠の鳥は似合わない」
こちらを見据える視線から、握られた指先の力の強さから……嫌でも、わかってしまう。
――彼は、本気だと。
「でも、私……もう結婚してるんです!」
そう言えばあきらめてくれるかと思ったけど、その考えは甘かった。
「それが何か? 俺は海賊。他の奴のものだろうと、奪うのが海賊の流儀だ」
「待って……私は王子が――」
「すぐに忘れさせてやるよ」
掴まれた手を壁に縫い留められる。
もう片方の手で押し返そうとしたけど、そちらも簡単に絡めとられてしまう。
……今度は、止まってくれなかった。
「っ……!」
「そう怯えるな。俺だってひどいことをしたいわけじゃ――」
彼が間近で囁いた、その時だった。
「うわぁ!?」
船室の外から、何人かの悲鳴と物々しい音が聞こえてくる。
……まるで、何かに襲撃されているような――。
ハイメはとっさに守るように私を抱き寄せると、警戒するように船室の扉を睨みつける。
「な、何……?」
「……あんたはここにいろ。俺が片付けてきてやる」
混乱する私を宥めるように、ハイメは私の額に口づけを落とした。その途端――。
「俺の妃から離れろ、賊」
壊れそうなほど大きな音を立てて、船室の扉が蹴破られる。
その向こうの人物を見て、私は心臓が止まりそうなほど驚いてしまった。