17 王子様、焦る
目の前で、アデリーナがさらわれた。
手を伸ばせば届く距離にいた。警戒もしていた。それなのに……!
俺は、目の前でみすみす最愛の妻を奪われたのだ。
崖際まで追いかけた俺の前で、嘲笑うように海賊船が海上を滑るように進んでいく。
「くそっ、アデリーナ!」
だが、嘆いていても何も始まらない。今は一刻も早く、あの男からアデリーナを奪還せねば。
「王子殿下、至急《栄光の国》側で港に停泊している船を動かして、追跡を開始するとのことです。……大丈夫です、すぐに追いつけます」
「会場内はまだ、余興だと勘違いしている人が大半っすね。ダンフォースが話つけに行ってますけど、《栄光の国》側も大事にはしたくないので秘密裏にことを収めたがってるかと」
「……そうだな」
コンラートが珍しく気づかわし気に、ゴードンがいつになく神妙にそう報告をしてきた。
あの男が正式な招待客だったにしろ、侵入者だったにしろ、ホストである《栄光の国》側の手落ちであることは間違いない。
アデリーナの身に何かがあれば、それこそ両国の衝突は避けられないだろう。
俺だって、きっと許せない。
自分の不甲斐なさを棚に上げ、八つ当たりのように友であるディミトリアスを攻撃してしまうだろう。
だが……。
――「ふふ、なんだか私、自分のこと以上に嬉しいです。よかったぁ……」
アデリーナは、心から二人の結婚を祝福していた。
優しいアデリーナは、きっと両国の対立を望まない。そうわかっているからこそ、俺だって大事にはしたくはない。
拳を握り締め水平線の彼方へと去っていく海賊船を睨みつけていると、コンラートが恐る恐るといった様子で声をかけてくる。
「あの、王子殿下……早まらないでくださいね? 《栄光の国》の艦隊は世界最速ともいわれておりますので、すぐに妃殿下を奪還できるはずです」
俺が悲しみのあまり海に飛び込むとでも思ったのだろうか、コンラートは何度もそう力説した。
確かに飛び込んでやりたいような気分ではあるが、そうしたところで何の解決にもならないことくらいよくわかっている。
アデリーナの奪還を、誰かに委ねなければならないこの状況が歯がゆい。
だが《栄光の国》の艦隊の噂は俺もよく知っている。たかがいち海賊ごときが、太刀打ちできるはずがはない。
「いや、海賊……?」
不意に、脳裏にかつてのアデリーナとの会話が蘇った。
――「でも……本当にその海賊船が存在するのなら、少し見てみたい気持ちもありますね」
「まさか……」
俺の考えすぎなんかもしれない。
だが、俺の想像が的中しているとしたら……駄目だ。
《栄光の国》の誇る艦隊であろうが、あの海賊船に逃げられてしまう……!
くるりと踵を返し走り出した俺の背後から、慌てたようにコンラートとゴードンが追いかけてくる。
「王子! どちらへ!?」
「ペガサス騎士団だ! 馬でも馬車でもすぐに移動手段を用意しろ!!」
俺の忠実な側近二人は、それ以上理由を問いただすこともなく即座に従ってくれた。
待っていてくれ、アデリーナ。
すぐに俺が、君を迎えに行こう。