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16 お妃様、悟る

「待てっ! アデリーナ!!」 


 背後からは、王子が焦ったように私の名を呼ぶ声が聞こえる。


「待て! 止まれ!!」


 異常を察したのか、何人もの人の制止の声が響く。その中には、ダンフォース卿やゴードン卿の声もあった。

 だがハイメはスピードを緩めることなく、まるで曲芸師のようにテーブルを次々と飛び乗り、会場の飾りを蹴倒して追っ手を妨害し、遂には式場を抜け出してどんどんと崖際へと進んでいってしまう。


「待って、どこへ行くの!? 止まって!」


 私もばたばたと手足を振り回してみたが、まったく通じなかった。


「この状況で止まれるわけないだろうが」


 すぐに断崖絶壁が見えてきて、私は全身の血の気が引くのを感じた。


 待って、このままだと……。


 ハイメは崖の手前で一瞬だけ足を止めると、意地悪く囁いた。


「舌噛むなよ」

「え、待っ……!」


 私を抱いたまま、ハイメは地面を蹴って崖から飛び降りたのだ!

 青い海と空の境界――水平線が、いつになく近く感じられる。


 一瞬の浮遊感。そして……凄まじい落下感が襲い来る。


 私は悲鳴をあげることもできずに、ぎゅっと目をつぶってハイメにしがみつくことしかできなかった。

 そのまま私たちの体は海面に叩きつけられる……ことはなかった。

 ふわりと落ちるスピードが緩んだかと思うと、ハイメは軽い足取りで地面に降り立ったのだ。


「え……?」


 おそるおそる目を開けて、私は驚愕した。

 ここは……船の上?

 どうやら崖のすぐ下に、船が泊めてあったようだ。


「ほら、もう大丈夫だ」

 ハイメが私を地面に降ろしてくれたけど、私はさっきの衝撃で腰が抜けてしまったのかそのまま床に崩れ落ちそうになってしまう。


「……やっぱりあんたは弱っちいな」


 ハイメはそう笑うと、抱き寄せるように私の体を支えてくれた。

 反射的に礼を言おうとして、私はそもそもこんな事態になっているのは目の前の彼のせいだと思い出した。


 お礼を言うなんて変ですよね!

 慌てて口をつぐみ、代わりに周囲を見回す。

 そして目に入ったのが――。


「……海賊旗?」


 船上には、黒地に白で頭蓋骨の模様が描かれた海賊旗がはためいていた。

 ……ということは、まさかこの船――。


「キャプテン、うまくいったんっスね!」

「へぇ、その女が例の――」

「じろじろ見んな。減る」


 ハイメに声をかけてくるのは、どうみても海賊のように見える人ばかり。

 しかも、キャプテンって……。


 おそるおそるハイメを見上げると、彼は私を見下ろし、にやりと笑った。


「あんた、俺の職業知ってるか?」

「……世界をまわる、商人だと――」


 そう口に出した声は、みっともないほど震えていた。


 ……うん、私だってもう気づいている。

 彼が、私の思うような「商人」じゃないってことくらい。


「残念、はずれだ。俺はな……この船の船長なんだよ」


 彼の背後で海賊旗が残酷なまでにはためいている。


 あぁ、私はただディミトリアス王子とヘレナ様の結婚式に参加しに来ただけなのに……。

 どうして、海賊に誘拐されてるんですか!?


 放心する私を見てハイメは満足そうな笑みを浮かべていたけど、不意に陸地の方を振り返り舌打ちした。


「ちっ、もう追ってきやがったか」


 見れば、近くの港に停泊してあった船が一斉に動き出したところだった。

 この状況……どう考えても私たちを追って来てるんですよね!


「お、おとなしく投降した方が……」

「んなことできるかよ。船を出せ!」


 ハイメの指示に、海賊たちは「アイアイサー」と威勢よく返事を返した。

 すぐ傍に追っ手が迫っているというのに、少しも焦る様子はない。

 滑るように海賊船は動き出したけど、追っ手の船も速い。どんどんと距離を詰めてくる。


 ……このまま拿捕だほされれば、私は解放されるだろう。

 そう考え一瞬安堵してしまったけど、そんな私の考えは甘かった。


「少し揺れる。気を付けろ」

「あっ……」


 ハイメが強く私を抱き寄せたかと思うと、船が大きく揺れた。

 まさか追いかけてきた船が体当たりしたのかと焦ったけど、そうじゃなかった。

 私の想像をはるかに超える事態が、現実に起こってしまったのだ。


「え……?」


 海面が、どんどんと遠ざかっていく。

 一拍遅れて、私は事態を理解した。


「この船、飛んでる……!?」


 海が、陸地が、追いかけてくる船が……あっという間に小さくなる。

 なんと、この海賊船は空を飛んでいるのだ!

 あれ、この話どこかで……。


 ――「そういえば、お聞きになられましたか、妃殿下。空を舞う海賊船の話を!」

 ――「ここだけの話ですよ、妃殿下。おそらく船長と思わしき者を目撃したそうなのですが、なんでもその男は…………とびっきりのイケメンだったそうですの!」


 まさか噂の海賊が、私の知り合いだったなんて……!

 理解を超える事態の連続に、私は「これが夢だったらよかったのに……」と願わずにはいられなかった。


【お知らせ】

書籍2巻、4月15日に発売予定です!

魔法使いの弟子編、この話(海賊編)、次のエピソード(発売日までに投稿予定です)、そして約50ページの書き下ろしエピソードを収録予定です。

ネット通販などで予約も始まっているようなので、どうぞよろしくお願いします!


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― 新着の感想 ―
[一言] 目の前で奥さん掻っ攫われた王子··· でもハイメかっこいい(ぽっ) 思いは全然伝わってないみたいですけど~ 両方応援しちゃうがんばれ~!
2022/03/15 08:29 退会済み
管理
[一言] あー、やっぱりな~でした。 トラブルに見舞われるのはアデリーナの運命だと思います(笑)
[良い点] アデリーナ、見事に攫われてしまいましたね〜。 「じろじろ見んな。減る」のセリフが好きです。ハイメもなかなか独占欲が強いですよね! 空なんて飛ばれちゃったら助けに行くのも大変そうですが、王子…
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