14 お妃様、結婚式へ出席する
「わぁ、いい天気……!」
いよいよ今日はディミトリアス王子とヘレナ様の結婚式当日です。
まるで天もディミトリアス王子とヘレナ様の結婚を祝福しているかのような快晴だった。
「アデリーナさまぁ、これでいいですか?」
「どれどれ……あら、ボタンが一つ留まってないわ。待っててね」
今日はロビンもおめかしして出席です。ちっちゃな礼服のボタンを留めてあげて……これでよし!
「お待たせいたしました、王子」
先に準備を済ませていた王子のもとへ向かうと、彼はこちらに視線をやり、優しげに微笑んだ。
「……よく似合っている、アデリーナ。まるで海の女神のようだ」
はうぁ!
……だから王子はご自身の発言の殺傷力をもっと自覚してください!!
途端にしどろもどろになってしまう私を見て、王子はくすりと笑う。
本日私が身に纏うのは、爽やかなアクアブルーのドレスだ。この国の温暖な気候に合わせて、ところどころが涼しげなデザインになっている。
王子はというと、ダークブルーの礼服が眩しすぎるほどよく似合っておられます。
はぁ、いつもながらに王子の隣に並ぶと私のモブっぷりが際立つような気がするけど……この際気にしてられませんね!
どうせ今日の主役はディミトリアス王子とヘレナ様なのだ。
私は素直にモブに徹するとしましょうか。
「お妃様、ペコリーナちゃんの準備が終わりました」
「ありがとう、助かるわ……わぁ! 可愛い!!」
ちょうど侍女が連れてきてくれたペコリーナを見て、私は歓声を上げてしまった。
ペコリーナは私のドレスとお揃いの色のスカーフを首に巻いていた。
「フェ~?」
「とっても可愛いわ、ペコリーナ」
うりうりと頬ずりすると、ペコリーナは嬉しそうに「フーン」と鳴いた。
結婚式の会場となるのは海を臨む高台に建てられた聖堂と、その周りの広がる庭園だ。
青くきらめく海に、緑あふれるガーデン、それに眩しく輝く白亜の大聖堂……なんて素敵な場所なんでしょう……。
たくさんのテーブルが並べられた庭園には、既に多くの人が集まっていた。
私たちが足を踏み入れると、わっと人が集まってくる。
「まぁ、アレクシス王子!」
「《奇跡の国》の王太子殿下よ!」
「お会いできて光栄ですわ!」
あらあら、こんなところでも王子は大人気のようです。
しかも、ほとんどが女性。これはこれは……。
「おや、隣にいらっしゃるのは……」
王子に群がっていた人々の視線が私の方を向く。
その中にはあからさまに「なんだこのちんちくりんは」みたいな視線も混じっていて……いつものことながら、私は情けなくなってしまった。
「あら、こちらが噂のお妃様ですのね」
「お聞きした通り……素朴で、素敵な方ですね」
「アレクシス殿下が太陽だとすれば、お妃様は月のようでいらっしゃるのね。お似合いだわ」
要するに地味だとおっしゃりたいんですよね!
……その通りです、はい。
アレクシス王子の輝きの前では、私なんて霧のようにかすんでしまいますとも。
こちらに向けられる値踏みするような視線に、私は何とか微笑み返すので精一杯だった。
中には明らかに勝ち誇ったような笑みを浮かべたり、ちらちらと王子に秋波を送る女性もいらっしゃる。
まぁ、その気持ちもわからなくはない。
輝かしい王子殿下の隣にいるのは、地味で特に取り柄もなさそうな私。
きっとこの結婚には何か事情があったに違いない。
王子殿下もこんな冴えない女に飽き飽きしているだろうし、私が側室となって王子の寵愛を独り占めしてやるわ!
……なーんて野望を抱くのも、ある意味当然と言えば当然だ。
美しく着飾った女性たちの目が、徐々に獲物を狙うハンターじみたものへと変わっていく。
だが、彼女たちが行動に出る前に――。
「そうだろう? きっと俺はアデリーナに出会うために生まれたに違いない。太陽と月が昼と夜をあまねく照らし、互いになくてはならない存在のように……俺にとってアデリーナはなくてはならない最愛の妃だ」
そんな歯の浮くセリフとともに、王子殿下はまるで見せつけるように私を抱き寄せたのだ!
王子を狙っていた女性たちは、あんぐりと口を開けて淑女らしからぬ表情を晒していらっしゃる。
「さぁ行こう、アデリーナ」
「は、はい……」
固まってしまった女性たちを置いて、アレクシス王子はすたすたと私の肩を抱いたまま歩き出す。
「あの……よろしいのですか?」
「さっきの女たちのことか? あの程度何の問題にもなりはしないさ。それに……君を軽んじようとする者に、媚びへつらうつもりはないからな」
「っ……!」
王子、気づいていらっしゃったんですね……。
思わず足を止めてしまった私に、王子は耳元で囁いた。
「それに、俺の言葉に嘘偽りはない。俺にとって君はなくてはならない存在なんだ、アデリーナ。もちろん、側室を娶るつもりもないからな」
「…………はい」
王子の言葉に、胸の中で渦巻いていた不安や嫉妬が和らいでいく。
……そうですよね。
くよくよ悩んだり、卑屈になるよりも、まずは目の前の相手の言葉を信じなくては!
「胸を張れ、アデリーナ。君は俺の唯一無二の妃なのだから」
王子の言うとおりに顔を上げ、大きく息を吸う。
……よし、頑張らないと! なんていっても私は、《奇跡の国》の王太子妃なのだから。