13 王子様、警戒する
ディミトリアスの結婚式を明日に控えた夜、とりあえずもろもろの雑事を片付け俺は一息ついた。
癒しが欲しくてアデリーナがくれた土産を眺めていると、不意に横から失礼な声が飛んでくる。
「なんすかそれ、邪神? 怪物?」
「口を慎め、ゴードン。これはアデリーナが俺に贈ってくれた、《栄光の国》の由緒ただしき魔よけのお守りだ」
昼間、市井に出たアデリーナが俺のために買ってきたのが、このお守りだ。
海のように蒼く透き通る丸型の美しいガラスに、目玉のような模様が描かれている。
なんでも「イーヴィル・アイ」というこの目玉が、持ち主を災いから守ってくれるという。
確かに若干不気味に見えなくもないが……この辺りでは古来から伝わるお守りなのである。
ほんのりと頬を染め「あの、気に入っていただけるかどうかわかりませんが、よかったらこちらをどうぞ……」と遠慮がちに差し出した時のアデリーナのいじらしさと愛らしさといったら……なんとも筆舌に尽くし難い。
「へぇ~、俺はてっきり怪しい儀式にでも使うものかと……いてっ!」
アホなことを抜かすゴードンは、背後からコンラートに本で頭をはたかれていた。
「お前はもう少し他国の文化を学び敬意を払うべきですね」
「まったくだな」
まぁ、たとえこれが邪神や怪物を象ったものであろうが、怪しい儀式に使われる術具であろうが、「アデリーナが俺にくれた物」という時点で俺にとっては国宝よりも貴重な物なのは変わらないのだが。
しかし俺が目にする他国の手土産といえば、大使や商人が献上する一級品がほとんどなので、逆に市井で売られているような民芸品を手に取るのは中々ない機会だ。
じっと眺めているうちに、だんだんとこの目玉自体も可愛らしく思えてきた。
よく見れば、なんとも愛嬌のある目玉ではないか。
そんなふうに思った時、不意に扉がノックされる音が室内に響いた。
すぐにコンラートが応対し、扉の向こうから顔をのぞかせたのはアデリーナの護衛であるダンフォースだ。
「王子殿下、少々お耳に入れていただきたいことがございます」
普段はぽやぽやとハムスターと戯れている印象が強いダンフォースだが、いつになく神妙な顔をしている。
一も二もなく、俺はダンフォースを室内に招き入れた。
「……何かあったのか」
そう問いかけると、ダンフォースは真剣な顔で口を開いた。
「本日、妃殿下と共に外出した際のことですが……」
聞けば、なんでも市井に出た際に怪しい男がアデリーナに近づいていたのだという。
「ただ、妃殿下はその男のことを『自分の知り合いが助けてくれた』とおっしゃられました。すぐに差し迫った危険はないと思い、深追いは控えましたが――」
「……待て、アデリーナの知り合いだと?」
――『君の知り合いがこの場に出席していたのか?』
――『えぇ、国を越えて活動する商人さんなので、ここ《栄光の国》ともお付き合いがあったのではないでしょうか。王子にもご紹介しようと思ったんですけど、もう姿が見えなくて……』
歓迎の宴の際にも、アデリーナはそう言っていた。
その彼女の知り合いとやらが、俺たちと同じようにこの国に招待されていてもおかしくはないのだが……。
「どうも、引っかかりますね」
そう零したコンラートに、ゴードンは不思議そうに首を傾げた。
「え、何が? ただ妃殿下の知り合いが声をかけてきただけだろ?」
「その割には、どうも王子殿下やダンフォースと鉢合わせるのを巧妙に避けているように感じられます。妃殿下のおっしゃるようにその男が商人なら、むしろ妃殿下の伝手を使って王子に顔を売り込んできてもおかしくはないのですが……」
俺たちの考えすぎなのかもしれない。だが、アデリーナに接近する謎の男と聞いて俺の心中は穏やかではなかった。
「……明日の式にも、現れるだろうか」
「本当に正式に招待されているのなら、現れるでしょうね。《栄光の国》の王太子の婚礼なのです。厳戒態勢は敷いてあるでしょうから、もしもその男が部外者なら侵入は不可能でしょう」
「そうだな……」
アデリーナの知り合いが本当に招待された商人なら、明日こそ相まみえることができるかもしれない。
ただの知り合いならばそれでいい。
だがもしも、何かそれ以外の意図を持っているようならば……付け入る隙などないということを、わからせてやらなければ。