12 お妃様、誤魔化す
「どうしたの?」
「なぁ、あんたは――」
やけに真剣な表情でハイメが何か言おうと口を開きかける。だが、その瞬間――。
「アデリーナ様、ご無事ですか!?」
「ダンフォース卿!」
背後からダンフォース卿の声が聞こえ、慌てて振り返ると、人ごみをかき分けるようにしてこちらへ近づいてくるダンフォース卿の姿が。
「私は大丈夫よ!!」
私の存在に気づいてもらおうと手を振ると、頭上から小さく舌打ちが聞こえた。
「ハイメ?」
舌打ちなんて不穏な……と見上げると、にゅっとこちらへ腕が伸びてくる。
反射的にぎゅっと目を瞑ると、さっと私の手の中からフラワーリースが抜き取られた。
「えっ?」
「助けてやった分のお代は頂いてく。文句は言うなよ」
それだけ言うと、ハイメは私に背を向けひらりと手を振り、振り返ることなく去っていった。
「アデリーナ様!」
ハイメを追いかけようかとも思ったけど、背後からダンフォース卿の声が聞こえて踏み出しかけた足を戻した。
「ダンフォース卿……合流できてよかったわ」
「……今の男は? 何か妃殿下に無礼を働いたのでは――」
ダンフォース卿が警戒するようにすっと目を細める。
あわわ……なんだか誤解が生じかけてる!?
「ぜっ、全然何ともないから大丈夫よ! あの人は私の知り合いで、ただ人ごみから私を助けてくれただけで――」
「そうですか……妃殿下、リースはどうされたのです?」
「あ……」
ここで「あの人に取られました」なんて言えばまたダンフォース卿が警戒するかもしれない。
私はなんとか誤魔化すことにした。
「人ごみに追いやられた時に落としてしまったみたい。……でも、いいの」
王子には何か別のものをプレゼントしよう。そう微笑むと、ダンフォース卿はやっと警戒を解いてくれた。
「……今日はもう宮殿に戻りましょう。想像以上に人出が多いようです」
「……そうね、帰りましょう」
にちらりと路地裏の奥を振り返ったけど、既にハイメの姿を見つけることはできなかった。
そういえば、最後にハイメは何かを言いかけてたけど……いったい何が言いたかったんだろう。
あ、もしかして……。
「アデリーナさま、どうしたんですか?」
「ううん、なんでもないわ」
思わず立ち止まってしまった私に、ひょい、とフードから顔をのぞかせたロビンが声をかけてくる。慌てて首を横に振り、再び足を進めながらも……私はとある考えにたどり着いていた。
そうだ、ハイメはきっと……私の姉さんを探していたんだ。
私が成り行きで王子の妃になってから、不思議と母と姉は姿を消してしまった。
もしかしたら私が「今までこき使った仕返しよ!」と復讐するのを恐れたのかもしれない。
私にはそんな度胸も気力もないんですけどね……。
子爵家の屋敷は現在無人だけど、所有権をエラに戻し、いつあの子が帰って来てもいいように時々手入れをしてもらっている。
ちなみに、魔法使いがぶち破ったガラスは私が自費で修理した。
今度会ったら、絶対にガラス代を請求してやらなければ……!
おっと話がずれてしまった。
とにかく《奇跡の国》を離れていて事情を知らなかったハイメは、いつも出入りしていた子爵家の屋敷は空っぽで、意中の姉も行方知れずで、なんとかして姉を探そうとしたんだろう。
そんな時に偶然出会ったのが妹の私だったのかもしれない。
さすがに込み入った話だし、ダンフォース卿の前では聞きづらかったのかな?
でも残念ながら、私も姉がどこにいるかは知らないんだよね。
姉はなかなかの美人で世渡りもうまい。たぶんどこでもやっていけるだろうから心配はしていない。
でも、ハイメからしてみれば心配だよね……。
そんなことを考えながら上の空になっていた私は、ダンフォース卿が気遣わし気にちらちらこちらを見ているのにも気づかなかった。