1 シンデレラの姉、王子様に連行される
跪いた王子が、椅子に腰かけた少女の足にガラスの靴を履かせていく。
ガラスの靴は、誂えたように少女の足にぴったりとはまってしまった。
「君だったんだね……僕の運命の姫……!」
感極まってそう口にするのはこの国の王子のアレクシス様で、そんな彼が愛を囁いているのは私の妹で。
これは、まさにハッピーエンドの第一幕ってところなのかしら?
悔しそうに地団太を踏む母と姉の隣で、私は呑気にそんなことを考えていた。
しかしまさか、妃選びの舞踏会に颯爽と現れたあの少女が、私の義理の妹――エラだったなんて。
母や姉は「シンデレラ」なんて呼ぶけれど、確かにエラは美しい。
透き通るようなプラチナブロンドに、晴れ渡る空のようなスカイブルーの澄んだ瞳。
美しく着飾れば、近隣諸国の姫君にだって見劣りはしないだろう。
王子が見初めるのも納得だ。……なんて思うのは、ちょっと姉馬鹿かな?
「さぁ、すぐに城へ行って結婚式を挙げよう!」
アレクシス王子はキラキラと目を輝かせて、エラの手を握っている。
だが対するエラは……何故か浮かない顔をしている。
いったいどうしたの……と、私が声を掛けようとしたその瞬間――
「迎えに来たよ、マイハニー♡」
窓ガラスを突き破るようにして、箒に乗って真っ黒なローブに身を包んだ男が突然現れたのだ。
どう見ても不審者である。後でガラス代請求できるかな?
だが、その途端エラは目を輝かせてその男に駆け寄ったではないか。
「来てくれるって信じてた! 魔法使いさん!!」
「僕が君を置いていくはずないだろう? それじゃあ行こう、果てしない魔法の旅へ!」
「はい♡」
あれ……エラちゃん。何でどうみても不審者の男に抱き着いているんですかね?
しかも、果てしない魔法の旅って何!!?
「ちょ……ちょっと待って、エラ!」
慌ててエラに声を掛けると、彼女は切なそうな表情を浮かべて瞳を潤ませてしまった。
「アデリーナ……あなただけはこの家の中で私に優しくしてくれたわ。私、いつまでもあなたの幸せを願ってる」
「いえいえ私のことはいいから……王子は? お城は? 結婚は??」
その視線が王子の方を向いた途端、エラはとんでもない爆弾発言を繰り出したのだ。
「ごめんなさい、王子様! 私やっぱり、魔法使いさんが好きなんです!!」
エラがそう口にした途端、場が凍り付いた。
王子様なんて、驚きすぎてあんぐりと口を開けている。
そりゃあ……そうですよね。国中駆けまわってやっとの思いで見つけ出した運命の相手が、こんなことを言うなんて……普通想像できませんよね!
「…………え?」
「だからあなたの妃にはなれません! あなたは素敵な王子様だから、きっと素敵なお妃様が見つかります!!」
「エラ、待って!」
「さようなら、みなさん! エラは幸せになります! わがままを許してね!!」
止める間もなく、エラと魔法使いは箒にまたがってすごい勢いで我が家を飛び出してしまった。
我に返った城の家臣たちが後を追いかけたが、時すでに遅し。
二人の姿は、雲の間に消えてゆきましたとさ。
めでたしめでたし……なわけないですよね!!
「おい、どうするんだこれ……」
「もう『王子が運命の相手を見つけた』って城に伝書鳩を送ってしまったんだが……」
「このまま手ぶらで帰れば、末代までの恥だぞ……!」
集まった家臣たちはいたたまれない表情で、こそこそと囁き合っている。
まさか麗しの王子が、運命の姫君に逃げられた……なんて知られるわけにはいかないのだろう。
そんなことが知られれば、国中の……いや、諸外国も巻き込んだ笑いものになってしまう。
麗しの王子も一瞬でピエロと化すだろう。
だが、事態は既に後戻りできないところまで進んでしまっている。
家臣たちは既に運命の相手=エラを見つけたと城に報告送ってしまったのに、肝心のエラは魔法使いと駆け落ちをしてしまった。
いったいどうするのかしら……とはらはらしていると、項垂れていた王子が顔を上げた。
その世界を憎むような鋭い視線は……まっすぐに私に向けられている。
あ、嫌な予感……!
「……おい、貴様」
「はいっ!」
「貴様は……彼女の姉か」
「はい、アデリーナと申します」
アレクシス王子はつかつかと私の前までやって来ると、がしりと私の手首を掴んだ。
痛い。めちゃくちゃ痛い。絶対この人怒ってる……!
「この娘を連れて帰る」
「えっ……?」
「貴様に拒否権はない。黙って俺の妃になれ」
「…………!!?!?」
まさかの発言に絶句した私は……数秒かけて、じわじわと王子の意図を理解しはじめていた。
王子は運命の姫君を探しに私の家にやって来た。
ここで私を連れて帰り、「ガラスの靴がぴったりだったのはこの人です」と言ってしまえば、表面上は丸く収まってしまう。
私はいわば、土壇場で駆け落ちしたエラの身代わり。
「貴様に拒否権はない」といった通り、これは脅しだろう。
逆らえば、爵位剥奪のうえ一族粛清もありうる。まさにデッドオアアライブ……!
麗しの王子に「俺の妃になれ」なんて言われてしまうとは、状況が違えばとんでもなくときめいたかもしれない。
だが、今の私にそんな余裕はなかった。
ここで死にたくなかった私には、こくこくと首振り人形のように頷くしか道は残されていなかったのである。
……うーん、どうしてこうなってしまったのかしら。
こうしてシンデレラの平凡な姉でしかない私は、運命の姫に逃げられた王子の体裁を保つためだけに、彼に嫁ぐことになったのである。
お読みいただきありがとうございます。
本作は短編
「シンデレラの姉ですが、不本意ながら王子と結婚することになりました」
(https://ncode.syosetu.com/n0540gn/)の連載版になります。
基本的な流れは短編版と同じですが、登場人物が増えたり王子視点が増えたりと、いろいろとボリュームアップしてます。
短編の終わりの部分まではサクサク進めたいと思いますので、是非お付き合いください!
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