第十話 獣の数字
「インスマウス支店の666です」
巨大な筋肉の塊が話し掛けてきた。
帰りの飛行機に乗っていたのは知っていたし、物凄い肉の圧力は感じていたけれど、席が離れていたせいもあって特に話をする事もなかったハーフオークだ。
「生まれた時は未熟児で、異世界の聖なる書物に出てくる獣のように強く逞しくなれという願いを込めて父が名付けたのですが、名は体を現すの言葉通りこんなに育ってしまいました」
いや、育ちすぎでしょう。
バチカンが聞いたらひっくり返りそうな聖書の解釈だし。
「父が異世界好きなので、色っぽい女性になれと妹には69と名付けましたし、弟は陸上選手にしたいので速く走れるように86と」
色々と間違っているし、妹さんは地球に転生でもしたら即座にもう一回転生したくなる事でしょう。弟さんは陸上選手じゃなくて豆腐屋が似合っていると思います。
「いや、彼は期待の若手でね、今はインスマウスなんて辺境にいるけれど、向こうで修行したらロストックに呼びたいと思っているし、ゆくゆくは本店勤務も狙える逸材なんだよ。だいぶ歳は離れているけれど大学のフットボール部の後輩でもあって、入学から卒業まで四年間スラッガーを務めた天才でもあるんだ」
ビーンさんはそこで息をついてジョッキのビールを一口で飲んだ。
話が長いオジサン管理職の話の腰は折っておかないとこの先ずっと聞かされることになる。
とりあえず割り込みを掛けたいところだけれど、フットボールにスラッガーなんてポジションあったのか? そもそも地球とはルールが違うのだろうけど、今度確認してみよう。
そんな事を考えているうちにまた演説が始まってしまった。
「我社としては今後十年の成長戦略として辺境の開発に力を入れていきたいと思っており、むしろインスマウス勤務は左遷ではなく栄転と言っても良いのです。もちろん大都市でぬくぬくしている連中に比べて様々なリスクに晒されるのは確かですが、彼にはそれを乗り越えるだけの知力と精神力そして卓越した体力があるのです。将来的には弊社十五万人の社員のトップに立つに相応しい人材と言えましょう」
げ、工務店って言うから大工さんの集まりかと思ったら社員十五万人って超巨大企業じゃないか……。
「ビーン支店長こそ近いうちに支社長狙える立場じゃないですか」
掲げたビールジョッキがエスプレッソカップにしか見えない巨大な筋肉の塊がゴマをすり始める。
僕はこんな異世界昭和サラリーマン劇場を見せられるために転生したのだろうか? いや、正確には異世界転移だけど。
「御社の社内事情はそんなとこで、白神はんの体を手に入れるのに色々とご協力頂くんはわかっとりますな、ヤマキはん」
僕は頷いた。
「ヒコーキん中で見せたようなロボット三等兵はさすがに可哀想でおますしなあ。そこで、セントロニクス社に顔が利くワット工務店はんの協力を得て特別仕様のボディを手に入れようって算段ですわ」
随分露骨な言い方だが、666さんもビーンさんもニコニコしている。
あ、これ詰んだ。
外堀を埋められて逃げられなくなるパターンだ。
「で、ルルイエにグールズバーグ軍が防衛線を築こうとしてるのは知ってはるな? 天下のワット工務店でも一社では荷が重いし得意・不得意もあるやろ。ほんなわけで大手ゼネコン何社かのジョイント・ベンチャーでやるわけやけど、力関係は重要ですわ。そこで、ワシらがちょいちょいと上手い事やってワット工務店はんに有利に進められるようにするだけの簡単なお仕事や。ヤマキはんは充分顔は売れとるけど、陸軍だけやなくて今度は海軍や航空宇宙軍とも人脈作るチャンスやで」
そう言えば、グールズバーグ軍は魔王軍系の陸軍と聖教会系の海軍、どちらにも属さない航空宇宙軍がある。
陸軍系の首都警とは人脈があるが、海軍にも航空宇宙軍にも知り合いはいない。いや、オークのフランソワさんと婚約者のふわふわウサギ人さんが一応籍だけ航空宇宙軍の万年少尉だったと言っていた気がする。
海軍は聖教会系だから民警と同系統だ。過去の悶着を思うとあまり仲良くもしたくない。
「安心せいや。海軍と警察も仲悪いで。海軍はんとは魔王系の沿岸警備隊の方がベッタベタや」
このカワウソ、人の表情を読むのがおそろしく上手い。読心術でも身に着けているのかもしれない。
「そんなわけで詳細詰めてくで」
いつもこのパターンだ。
いい話に誘われて色々約束した後に大変な事に巻き込まれる。
だけどまだ生きてる。




