第三十八話 魔王の秘宝
全国的に猟期に突入しましたが、日頃の不摂生が祟って全身の筋肉が悲鳴を上げています。
運動と減量をせねば……。
まるで政治家のパーティだ。
いや、政治家のパーティに行ったことは無いが、アメリカのドラマの中で見るセレブのパーティそのものだった。
高そうなドレスやスーツ、軍服に民族衣装。
冴えない格好をしているのは僕だけだ。
場違い感が半端ない。
帰りたい……。
むっちゃ帰りたい。
「……このような歴史的発見に立ち会えるのは光栄の極みであり……」
陸軍のお偉いさんの挨拶が続いている。サジさんの上司、いや上官と言うのだろうか? そもそも陸軍省から内務省に出向しているとかだから上司は内務大臣になるのか?
とりとめもない思考のループに囚われているのはきっと極度の疲労感からだろう。
この二週間、魔力演算器の動力源として散々搾り取られてきたのだ。
科学省やセントロニクス社の連中は嬉々としてスーパー魔力演算器をフル稼働させてゲノム解析と暗号解読を進めていたが、エネルギー供給ユニットにされて狭い部屋に閉じ込められて過ごす身にもなってくれ……。
スパコンよりも速くてもエネルギー供給が追い付かないのが玉に瑕、とフランソワさんがボヤいていたのはそういう事だったのかと気付いた時には、ひたすら棒を押してグルグル回る奴隷状態だ。
毎日高カロリーの食事を与えられて、体力をあまり使わずに魔力だけ猛烈に放出したせいで、体重は五キロも増えた。
食欲を刺激する何らかの薬物が混ざっているか疑いたくなるくらいに美味かったが、このパーティの贅を尽くした御馳走はそれ以上だ。
「さすがにお金持ちは違うね」
吉村さんがなんだかわからない肉を頬張りながら言う。借りたのか自前なのか、背中の大きく開いた紫色のドレスだ。
「あ、これから結構こういうパーティにも出るしね。慣れとかないと。でもレンタルだよ。体型変わると着れなくなるからね。しばらくは買わない予定」
僕も貸衣装屋にでも行っておけば良かった。
探偵は目立たないのが一番だと考えて、普段から、元の世界で言えばしま○らとかユニ○ロとかはる○まに相当するような店でしか服を買っていなかったのだ。
嘘です、ごめん。高い服を着たら服に着られてる状態になるのが怖くて、お高い店には行けませんでした。
そんな事を思いながら涙目になっている僕を置いて吉村さんは人混みの中に消えてしまった。
あれ? なんか最後に気になる事言ってたような気がする……。
僕は白神の姿を探した。
最近あまり事務所にも顔を出さないし、あまり熱心に仕事をしている様子もない。会場にも来ていないような気がする。
まあいいか。
「呼んでるよ」
気付くとライラちゃんが目の前に立っていた。
相変わらず全く気配を感じさせずに忍び寄ってきていたらしい。
いや、僕の胸のあたりまでしか身長がないのだから、ぼんやりしていたら気付かないのは当然だ。
自己弁護完了。
褐色の肌に純白のドレスが映える。まるで妖精。いや、天使のようだ。おまけに至近距離だから、ふわっといい匂いがする。
シャンパン(と呼んで怒るシャンパーニュ地方出身者はこの世界に数えるほどしかいないので便宜上シャンパンと呼んでいる、人類には発音が難しいスパークリングワイン)の酔いと、そもそもこんな場違いなパーティに呼ばれた事で混乱していて、正常な判断力を失っていた僕は、目の前の天使を抱き締めようとした。
脳に衝撃。
ライラちゃんの掌底が僕の顎を綺麗に撃ち抜いていた。
おかげで少し目が醒め、ライラちゃんを見つめる。何故か彼女は少しショックを受けたような表情だ。
僕に抱き締められそうになったのがそんなに嫌だったのだろうか。所詮最底辺の異世界転移者でゴミムシ以下の冴えない探偵ですよ。でも、そこまで嫌わなくても……。
「ヤマキ、一発目避けた……」
僕の頭の中に大量の「???」が浮かぶ。
全くそんな事は意識していないし、そもそも避けようとして避けられるものじゃない。
「またまたご冗談を……。特機隊の訓練に混ぜて貰っても十分でギブアップする僕が避けられるわけ無いじゃないの」
ライラちゃんは小さな掌を開いたり閉じたりしてみている。
やめて……、あと一発喰らったらこの後の挨拶も出来なくなっちゃう。
「ヤマキが体術で避けられるわけがないから、多分新しい魔法だね。きっと未来予知と瞬間移動がリンクした……、って、主賓の挨拶に呼ばれてるって言いに来たんだった。早く早く」
グイグイと背中を押されて会場になっているジェイソン家の庭から、一段高い裏口のポーチに追い込まれた。
ここが演題ってところなのだろう。
マイクが何本もスタンドに立てられているし、浮遊しているのさえある。
挨拶というか発表内容は何回も書き直して、カンペもポケットに突っ込んであるけれど、実際話すとなると頭の中が真っ白になってしまう。
「え~、あ~、う~、え~っと……」
深呼吸しようとしたけれど、過呼吸になりそうなので観衆を見渡して、芋やどんぐりだと思う事にした。
サジさん、ライラちゃんはいるのは当然として、エルビス・プレスリーかマイケル・ジャクソンかという衣装を纏った魔王が最前列にいる。
しかも家族連れだ。いろんな意味でミスマッチだからどうにかして欲しい。あ、でも娘さん可愛いです。
そして、こっちが魔王じゃないかというくらいに気障な衣装をビシッと決めた国王もいる。
コンビニの制服姿しか見た事なかったけど、ちゃんと着飾れば王様のオーラビンビンだ。
そして、脇にずらりと控えている宮廷魔導師やら騎士団やら。中身はコンビニの駐車場でたむろしていたパンクスの兄ちゃん姉ちゃんなのかもしれないが、プレートメールに身を固めて兜を被っていると威圧感が半端ない。
ああ、僕が何か失言してもここがまさにグランド・ゼロになる。
間違いなく最初に消し飛ぶのは僕だろう。
ああ、もうどうにでもな~れ。
自分の中で”ふつり”となにかが切れる音がした。
気付けば僕は止まらない勢いで話し始めていた。
魔王の秘宝とは、遺伝子の中に組み込まれた暗号だという事、遺伝子操作の魔法自体は、初代魔王の出身地方の農民の間で、病気耐性の強い農作物(例えば葛のような植物と麦のミックス)や繁殖力が強く早く育つ家畜(ネズミと家禽の遺伝子を組み込まれた牛など)を作り出すために、古くから使われてきたものである事、初代魔王はその魔法を使う上で禁忌とされてきた「人間への適用」を試した事などを一気に語り終えた。
「もちろん、初代魔王の性格上、実験台としたのは自分自身だったのです。より強い『魔族』を作り出すため、率先して異種族と交わる事を決意したわけです」
この世界にこんなに雑多な異種間の混血が溢れているのはそのせいだ。
「皆さん御存知の通り、彼女には最愛の恋人がいました。何事もなければ初代魔王の研究は同性同士で子供を作る方向に進んだかもしれませんが、彼女の恋人は争いに巻き込まれ命を落としてしまいます。それが彼女に禁忌の魔法を自分に施す決意をさせたのでした」
ここまではだいたい魔法史を少し学んだ人ならすでに知っている事だろう。
いや、僕は知らなかったけど、そもそも異世界出身だし……。
「そして、彼女が自分の血族を強化するためにどんな魔獣の血をも受け入れるよう自らの身体に操作を施した時、一つだけ自分の想いを暗号化して遺伝子に刻んだのです」
皆の視線が僕に集まっているのを感じたが、もうどうにでもな~れ。
「それは……永遠を誓ったはずなのに引き裂かれてしまった最愛の死せる恋人へのラブレターでした……」
万雷の拍手という言葉があるが、マグニチュード8の地震にも耐えそうなジェイソン亭が倒壊するかと思うほどの拍手と足踏みの音が鳴り響いた。
こっちの人たちは感極まると拍手だけじゃなく脚も踏み鳴らすのだ。
頻繁にトイレに行っていたのが幸いして、何も漏らさなかったけれど、マジでビビった。
だが、もう一つだけ言っておかなければいけない事がある。
「その内容は、非常に個人的なものなので、公開するかどうかについては依頼主であるジェイソン様と直系の子孫である今上の魔王様にお任せいたします」
きっと公開されて魔王城の名物になるだろうし、その前に全世界にメディアを通じて配信され、『何十億人が泣いた!』ってなるはずだけれど、そこは僕が口を挟むところではない。
更に激しさを増した拍手の中、僕は演台になっていたポーチから降りようとして足を踏み外し、思いっ切りコケた。
魔王の秘宝編完結!
と思いきや、この後蛇足のエピローグが存在します。




