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グールズバーグの春を愛す ~屍食鬼の街の魔法探偵事件簿~  作者: 吉冨☆凛
第一章 グールズバーグへようこそ
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第五話 魔王の誕生(前編)

残虐描写、百合描写あり。苦手な人はささっと飛ばしちゃってください。

 焼け落ちた村で私は立ち尽くす。髪の毛や内臓の焼ける嫌な臭いと一緒に香ばしい香りも漂ってきて、ペコペコのお腹を刺激する。美味しそうな匂いの正体は、お父さんやお母さん、産まれたばかりの妹の肉が焼ける匂い。

 もう何日も何も食べていなかった。村の方が静かになって恐る恐る戻ってみると、金色の穂を付けていた麦畑も、花吹雪を散らしていた大きな桜並木も、みんなで遊んだ花畑も全て焼け焦げ、家だった残骸と人だった物があたり一面に転がっているだけだった。

 私は崩れ落ちた家の残骸から覗いている、誰かの黒焦げの脚を引っ張り出した。焼け残った木材で表面の焦げをこそぎ落として火の通った肉にかぶりついた。塩味も何もついていない焼いただけの肉。それでも香ばしい肉汁と脂が滴り落ち、私は夢中になって人肉を頬張り続ける。

 生き残った村の子供たちも、私に続いて焼け跡から、もしかしたら家族の物かもしれない死体を引き摺り出し、丁度いい焼け具合の所に齧り付く。

 私はこの日を一生忘れることが出来ない。生きる為とはいえ、父の母の妹の肉を貪り、血を啜った記憶を。

 あの日私は人間を捨てた。



 もう何日前だったか思い出せない。私の村に聖騎士団がやってきた。聖教会は信仰の中心で、偉いお坊さんがみんなの幸せを祈っているという事くらい、田舎の小娘だった私も知っていた。村にも小さな教会があって優しい司祭さんが、村のみんなに神様の教えを説いてくれていた。

 良いことをすれば幸せに生きて、死んだ後も天国に行って幸せに暮らせる。そんな話を小さな子供にもわかるように話してくれていた。

 元々この村は

 村人たちは鎧をまとって剣を佩いた聖騎士たちを物珍しそうに眺めていた。騎士たちに護衛された馬車の中からきらびやかな衣装を身に着けた小太りの男性が降り、騎士団の先頭に進み出て羊皮紙を拡げた。

「聖教会はこの村をロストック大司教の名の下に異端の住処と認め、現在より異端審問および浄化を行う」

 そして、虐殺が始まった。


 元々私の村ではみんな簡単な魔法を使って、仕事や生活を豊かにしてきた。けっして豊かではないものの、食べる事には困らず、日々の暮らしに皆満足して生きてきた。

 だが、聖教会の決定で魔法は異端の印、魔法使いは悪魔の使いという事になったらしい。「水に沈めて浮かんできたら悪魔憑き」「火炙りにして生きていたら魔物」「手足を切り落としてみて、生えてくるようなら悪魔」そんな滅茶苦茶な理屈で、村の広場に集められた村人たちは拷問の末に命を落としてゆく。濃厚な血の臭いが漂い私は吐きそうになる。

 聖騎士団の騎士たちは、村の食料や酒を貪り、若い娘を手篭めにしていた。「聖なる騎士に逆らう女は悪魔の妻なので聖騎士の浄化を受け入れよ」だそうだ。私はまだ幼く、彼らの欲望の対象にはならなかったおかげで、まだ何もされていなかったが、このまま行けば犯されるか殺されるか、その両方かの運命が待っているだろう。

 馬小屋の隅で三つ年下の弟のハルを抱きしめて震えていると、足音を忍ばせて人影が近付いてくるのに気付いた。私は何も出来ないのがわかっていても身構える。

「静かに」

 お父さんの声だ。私たちに近寄ってそっとしゃがみ込む。着ているものはあちこち破れ、顔は腫れ上がっているが間違いなくお父さんだ。

「今から少し騒ぎを起こすからお前たちは静かに、でも急いで逃げなさい」

 お父さんが指差すのは、村の子供たちが決して入ってはいけないと言い聞かせられている魔の森。

 私とハルの頭を優しく撫でて、お父さんは立ち上がった。

「お母さんとプーは?」

 お父さんは首を横に振って。覚悟を決めたように背を向け、歩きながら詠唱を始めた。お父さんの中のマナが膨れ上がってゆくのがわかる。

 しばらく経つと、広場の方が騒がしくなり、あちこちで悲鳴が上がった。そして、いくつもの爆発音。その一つが鳴り響いた時、お父さんの気配がこの世から消えたのがわかった。


 いくつもの村が焼かれ、孤児となった子供たちを集めていくうちに、いつの間にか私はリーダーのような立場になっていた。何の経験も無い一六歳の小娘だったが、私にはいつも側で支えてくれる人がいた。

「サーシャ。今のところ聖騎士団の動きは無いみたいだから、こっそり街へ行って薬と布を買ってくるね」

 長い銀髪を後ろでまとめたスターシャが洞窟に入ってくる。私は文鎮代わりの古い蹄鉄を地図の上に置いて椅子代わりの丸太から立ち上がる。故郷の村から持ち出せたたった一つの形見の品だ。

「気を付けてね。ハルもだいぶ逞しくなってきたけど、まだまだ大人にはかなわないし」

 細い肩をそっと抱きしめて、スターシャの桜色の唇にそっと口付ける。スターシャはそれに応じて、更に強く私の唇を求めた。

「だめ。まだ明るいし……」

 そう言いつつも、私の掌は服の中に入り込み、絹のようになめらかなスターシャのおなかを撫でる。

「んんっ……」

 鼻を鳴らすスターシャを抱えるようにして、私は干し草のベッドに倒れ込んだ。


「じゃあ、行ってくるね」

 服を身につけ立ち上がったスターシャの髪を私はそっと結い上げ、とっておきのリボン、と言っても一番綺麗な布を切って形を整えただけの物で飾る。

「姉貴、裸……」

 いつの間にか旅支度を整えたハルが洞窟の入り口に立っていた。居心地が悪そうに顔をそむけている。

「外で待ってなさい。すぐに終わるから」

 ハルはプイッと背を向けて去っていく。私も簡単に服を羽織り、洞窟から出た。街へ行く子供たちは既に待ちくたびれた様子だ。

 私はスターシャにもう一度くちづけて、そっと抱きしめる。

「大丈夫。心配しないで」

 それが私の聞いたスターシャの最後の言葉だった。


 三日後、ハルが帰って来た。

「ごめん……、姉貴……守れなかった」

 ハルの顔は血まみれだ。岩肌に体を凭せ掛けるてやっと立っている状態だ。でもどういう意味? スターシャはどこ?

 先に戻った子供たちが買い出しの物資を持ち帰ったのは昨日のことだった。ハルとスターシャは薬師に頼んだ薬の調合が終わるまで少し街に残るという伝言を聞いて、少し心配だったものの、今日には帰るだろうと待ちわびていたのに。

「必要な薬が……少し足りなかった……んだ」

 ハルが地面に崩折れる。顔だけじゃなくて、全身傷だらけだ。私は夢の中のようにぼんやりした頭のまま、ハルに治癒魔法を掛けた。顔の傷はなんとか止血できた。でも左目はもう見えないだろう。大きく切り裂かれ、千切れそうになっている左腕もなんとか繋がったけれど、どこまで回復するかはわからない。

「仕方なく、モグリの薬師の所に行ったら、聖教会のガサ入れと鉢合わせしちまって」

 荒かった呼吸が鎮まり、やっとまともに喋れるようになったようだ。

「気付いたら囲まれちまってて、全員捕まった……」

 教会に連行され、激しい拷問を受けたという事だった。美しいスターシャを騎士どもが放っておくわけもなく、さんざん嬲り物にされた挙げ句締め殺されたという。

 私はもう立っていられなかった。地べたに突っ伏してうめき声をあげる。

「ごめん……、本当に守れなくてごめん……。俺だけ隙を見て逃げられたけど、他の連中もみんな殺されて」

 顔を上げると、ハルが泣いている。潰れた左目からは血混じりの涙。

「来るよ! 皆を集めて!」

 ハルは囮だ。泳がせて私たちの拠点を叩くのが目的だろう。

 集落と言って良いのかもわからない私たちの住処で、あちこちの洞窟や洞穴に向かって声を掛けると子供たちがゾロゾロと出てきた。何人かの大人も混じっている。

「罠を張ってる時間も無い。一気に方を付ける!」

 相手は街に駐在している聖騎士団だ。日頃の偵察でわかっている総数は百前後。他の街からの加勢があったら終わりだが、短期間で攻め滅ぼすつもりならそれは無いだろう。逆に加勢を待ってから攻めて来るのなら逃げる時間が稼げる。

守や進は出ません。

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