第十八話 社長、礼状の無い捜査を受ける
年寄りなので、毎日仕事で数千字書いて、ポンチ絵を何枚も描いてから帰宅すると、気力よりも手と目が限界に達します。
ポルさんが何やら書き付けて置いていった白神たちの置き手紙を見る。
今度という今度は愛想が尽きた。
皆は辞めて出ていくからな。
その我儘が本当に鼻につくって前から思ってたし、
何より慢心し過ぎだろ。
もう沢山だ。
これ以上、大事になるんだったら、
俺達はもう大丈夫だってわかるまで姿を現さないぞ。
お客のミリアム夫妻も怒ってるし、ちゃんと責任を取れ。
本当にお前は屑だ。
何度見ても内容は変わらないが、左上の「今」から斜め右下に向けて一本の線が引かれていた。
”今は我慢だ大丈夫。”
僕は手紙を握り締めて、子供のようにわんわんと泣いた。
何もしてくれないけれど、みんなは僕を見捨てたわけじゃなかったんだ。
それだけでも充分心強い。
来てから半年も経っていない世界で、頼れる人もなく、人殺し呼ばわりされて警察に目を付けられ、誰からも見捨てられて完全に詰んだと思っていた。
少なくとも気休めを言える程上等な頭の奴は、この探偵社にはいないはずだ。
つまり、何らかの根拠があって大丈夫と言っている事になる。
それがわかっただけでも、しばらくは持ちこたえられる。
「なんだ、生きてやがるのか」
ノックも無しに事務所のドアが引き開けられ、だみ声が響いた。
僕は手紙をそっとポケットに隠す。
声の主はあのパンチパーマのヤクザ風刑事だ。小太りの眼鏡の男も付き従っている。
僕が黙っていると、ヤクザ風の刑事は事務椅子を引き寄せ、逆向きに腰掛けて背凭れに顎を乗せて僕を睨み付ける。
「せっかくモルグに空きが出来たから、死体になってたら引き取ってやろうって親切心で来てやったら随分と元気そうじゃねえか」
小太りの男は事務所のパソコン付属の3Dチェスを勝手に遊び始めた。
「お生憎様ですね。それに、証拠不十分で釈放された人間に付き纏っていい法律でもあるんですか? この国は。まるで未開人の国だ」
ヤクザ風刑事の顔が赤黒く染まる。
「言わせておきゃ付け上がりやがって」
椅子をひっくり返して僕の胸ぐらを掴んで締め上げる。だが、僕も負けてはいない。思いっ切り軽蔑の込もった薄笑いを浮かべ、ヤクザ風刑事の赤ら顔を見下ろした。
「ここで死体に変えてモルグに突っ込んでもいいんだぜ」
思った以上に激昂しやすい性質らしい。
開いている方の手で、腰のあたりをまさぐっている。
小太りの男が見えない動作で立ち上がって、拳銃を取り出したヤクザ風刑事の左手を抑え込んだのは、僕がだらりと垂らした手に魔力を集約させるのと同時だった。
「まあまあ、チャンさん。子供相手にあんまり怒りなさんな。キミもそんな物騒な魔法を街中でぶっ放したら現行犯で有罪確定だからね」
小太りの男が僕の右手首を掴むと、集約されていたマナがスッと空中に吸い込まれて消えていくのがわかった。
「だけど、こいつ、ナメた口利きやがって……」
「大丈夫ですよ。彼は思ったより賢そうだ。きっといい方に転がりますって」
ヤクザ風刑事は苦虫どころかカメムシでも噛み潰したような顔で僕のシャツから手を離し、拳銃をしまい込んだ。
「そんなわけで、ね、今日はちょっと様子を見に来ただけだから。またしばらくしたら来るから」
小太りの男は、そう言ってパンチパーマ刑事の背中を押す。
「掃除代請求しますよ」
ヤクザ風刑事が床に唾を吐こうとしたのを察し、僕は声を掛ける。
「くそっ!」
口に溜めた唾をこぼさないようにしたのか、不明瞭な毒づき方をして、ヤクザ風刑事は小太りの男に連れられて出ていった。
一体なんだったんだろうか。
予期せぬ立て続けの来客に少し疲れた僕は、戸締まりをして早々に寝室に向かうことにした。




