第四話 世界の中心でファミチキくださいを叫ぶ
ハイエースだ。ボンゴでもキャラバンでもなく、やっぱりハイ○ースだった。ボロい型落ちの白いバンに乗って俺たちは首都の中心部を目指している。矢巻のヤツはなんだか機嫌が悪そうだ。昨日の晩飯は特上の鰻重だったし、充てがわれた部屋も豪華だったのに、意外と面倒な奴なのかもしれない。
「白神くん! あれ!」
吉村さんは今日も可愛い。ウサ耳の制服少女が群れをなしてぴょんぴょん登校するのを指差してはしゃいでいる。さっきまで機嫌が悪かった矢巻の野郎もかぶりつきだ。結構あいつはムッツリだからな。でも、ウサギ人っておっぱいが沢山あったりすんじゃないのか? それは矢巻みたいな変態じゃなければ若干萎えるな。
「ああ、可愛いな」
なおざりに聞こえるように返事をする。ここで吉村さんが一番可愛いよとか言わないのが俺のジャスティスだ。
街はとても清潔で、道路もビルも磨き上げられたように輝いている。人がいない都内の早朝のビジネス街だってここまで綺麗じゃない。そんな光景を見つめている間に、車はコンビニの駐車場らしき所に停車する。
「あー、降りてくれ」
しょぼくれた中年のサジとかいう男が指示を出す。こんなしょぼくれたオッサンがドラゴンを従えて魔王とステゴロして勝つとか信じられない。それはそうと、朝飯の買い出しだろうか? おにぎりがあるといいんだがと思いながら、俺は車を降りる。
伝説の中にだけ存在する田舎の深夜のコンビニのように、コンビニの入り口近くにはいかにも悪そうな奴らがたむろしていた。モヒカン頭、リーゼント、鬼ゾリの坊主頭……。
「よっ」
サジが指を二本立てつつ砕けた敬礼をすると、棘付き肩パッドにモヒカン頭の奴を始めとするグループは直立不動の姿勢を取り、最敬礼した。ラインハルトさんも敬礼している。
「親衛隊だ」
何を言ってんだこのオッサンという目でサジを見ると、モヒカン頭がものすごい目付きで睨み付けてくる。ラインハルトさんはなんか残念な人を見るような視線を投げかけてきた。俺が何をしたって言うんだ?
「ああ、こいつら新参の転生者でな。なんもわからん。これから王さんに謁見させるとこだ」
サジさんが言うと、モヒカンの視線が少し和らいだ。その横を通って俺たちはコンビニに入店する。ラインハルトさんは全員が入り終えるまでドアを押さえててくれた。マジでこの人は紳士だ。あ、一緒にコンビニに入ろうとした猫に頭下げてる。いくらなんでも腰低すぎだろ。大丈夫か? この人。
「あはっ。いらっしゃいませ~」
エルフだ。間違いなくエルフだ。二十代半ばに見える翠髪碧眼、長い尖り耳の超美形、高身長のエルフが棚の整理をしながら出迎えてくれる。超美形なのにちょっとダサいコンビニの制服を着てエプロンをしている所なんか、きっと一部の層のハートを鷲掴みにするに違いない。吉村さんがなんかラインハルトさんと見比べながらソワソワし始めた。なにか妄想しているのか? もしかして腐ってる女子?
「王よ。新たな転生者をお連れしました」
サジが改まって言う。(多分)コンビニオーナーと思われるこのエルフが王? 昨日渡されたパンフレットによれば、百二十億人の人口を擁する世界唯一の国家、グールズバーグというこの国の王?
「ごめんね~。ちょっとおでんの仕込み終わるまで待ってくれる? わりとゆっくり出社するお客さんで、この暑い季節なのにおでんを買ってくれる人たちが何人かいるんだ。クリエイター系って独自のポリシー持った人多いじゃない? 味が染みてないの出すの悪いから今から仕込んどかないと」
見慣れたコンビニおでんの保温器に手早くダシ汁を注いで、かなり偏ったおでん種を追加してゆく。ややオネエ喋りなのはなんでだ?
「最近、ミノタウロスのデザイナーさん達がこぞって牛すじと白米買っていくのはちょっとショッキングなんだけど、人を外見で判断するのは良くないよね」
いや、既に矢巻は話を聞いていないし、吉村さんはかぶり付きで店長=王様とラインハルトさんを見比べながらニヤニヤし始めたし。
「というわけで、グールズバーグ国王のロッキー・チャック・ロデリック・フレドリック・アーノルド・シルベスター・ラングレン・マッカーサー・ノリス一五〇世陛下である」
なんだか投げやりに説明しているサジにウインクして、軽そうな国王は言う。
「チャックでいいよ。よろしくね」
軽い。あまりにも軽い。でも外で会って、「ようチャック」って声を掛けたら、外で待ってた親衛隊だか近衛騎士団だかのモヒカンに汚物を消毒されそうな気がする。
「はい。勇者クーポン。向こう半年はこれ出せばこのチェーンのコンビニでは全商品タダ。でも転売目的とかはやめてね」
ササッと俺たち三人にプラスチックのペラペラしたカードを配る。カードには「キングマート」という意味の店名が印刷されていた。金とかオリハルコンとかのカードかと思えば、ごく普通のプラスチックっぽい材質だ。バーコードを二日酔いにしたみたいな紋章が刻んであるけれど、これが勇者の証明? コンビニの商品半年無料が。多分皮の鎧とひのきの棒よりは価値があるとは思うけど。
「あと、名刺も渡しとくね。はい」
王様から名刺を受け取るというよくわからないイベントが発生した。渡された名刺には、ただでさえ長いフルネームとともに、「キングマートオーナー」「グールズバーグ国王」「勇者支援委員会名誉会長」「魔王ファンクラブ会員ナンバー000」といった肩書が記されている。矢巻が「キングバーガー、キングバーガー……」と言いながら笑いをこらえられずに震えているが放っておこう。何かのツボに入ったらしい。まあ、キングバーガー系の店でもタダ飯食えるらしいし、有り難い事だ。
「魔力込めてからスクロールすると全部見れますよ」
ラインハルトさんがわりとどうでもいいアドバイスをしてくれた。名刺の端をつまんで意識を集中すると、物凄い勢いで追加の肩書がスクロールされる。
「この世界じゃ名刺には自分の就いている職業や所属団体全部の情報を記載するのがマナーなんだ。慣れてくれ」
どさくさに紛れてサジも名刺を渡してくる。「首都警公安部機動連隊隊長」「帝都警察警視正」「転生者サポーターズ」「ドラゴン愛好会副会長」「グールズバーグ陸軍竜騎兵大隊予備役准将」「バニー好きの会会員ナンバー二七六五三二一」といった重要か重要じゃないのかわからない情報がどんどん表示される。バニーなんたらは見なかったことにしてあげたほうがいいんだろうか?
「こっちの世界じゃ副業は当たり前だし、いい条件の仕事をメインにしてそれ以外はサブに回すってのも常識なんだよな」
「バニー好きの会」がわりと上位に表示されているのはそういう事ですか。こいつが吉村さんにバニースーツを着せようと強要している姿を想像して少し殺意が湧いた。今の俺じゃ、殺意が湧くだけで、実際にこいつをどうこうできる力は無いわけなのですがね。
「そんなわけで、よろしくね。君たちの良き転生ライフを祈ってるよ。ところでキングチキンはいかが?」
なんとも掴みどころのない王様から俺たちは鶏の唐揚げを受け取って、コンビニを後にしたのだった。俺はフライドチキン以外にもちゃんとツナマヨとチキンマヨのおにぎりをゲットしたけれど、矢巻と吉村さんは両手に鶏の唐揚げだけ持って腑抜けた顔でハイエー○に乗り込む。
「さて、次は魔王に会いに行くのが筋なんだが、全世界ツアーの最中だし、スケジュール調整が難しくてな。魔王城の見学だけにしておくか」
曖昧に返事を返し、俺はキングチキンにかぶりついた。少しスパイシーな衣はパリッとしていて中がジューシーで、肉には下味も付いていて文句無しに美味い。
「ちくしょう。餌付けされそうだ」
サジがニヤニヤ笑って見ている。なんだこの変態野郎と思いながらも、実力じゃ全く勝てないし、直接被害を被ったわけじゃないので、不機嫌そうに顔を背けるだけにしておいた。こいつはもし敵に回したら容易ならざる相手になるだろうとも思いつつ。
魔王軍千人と魔王本人を素手でボコボコにして、更に帝国軍の竜騎兵? 何かがおかしいってレベルじゃないだろ。昨日見たパンフレットに載ってた「ミルフィーユちゃん」もきっと軍の殺戮兵器だ。何もかもがおかしい。だいたい首都警って組織自体、警察組織じゃなくて軍事組織じゃないか。
ラインハルトさんは納豆巻きにかぶりついて、見事に反対側から溢れた納豆を車の床にこぼしていた。この車が臭いのはこういう人がいるせいなのだな。しかし、この人は超美形だけど結構残念な人かもしれない。
仕事でトラブったんで昨日は更新できず、客先で謝り地蔵していました。