第十六話 社長、取り調べを受ける
痛い。
めちゃくちゃ痛い。
折れたというより砕けた左手首を治癒魔法で治しているが、骨の欠片が元の場所に戻るのをイメージして移動させるのは、ただのセルフ拷問だ。
警察署に連行されて、手首の治療を頼んだら警棒で叩かれてもっと酷いことになったのだ。
しかも、僕が閉じ込められているこの部屋は、マナが薄い気がする。
攻撃魔法や素材変換なんかを使われて脱走されないための対策なのかもしれない。
そのせいで、治癒魔法の効きもあまり良くない。
しかし、いくら何でも扱いが酷過ぎる。
人を殺してしまった事には動揺したが、よく考えたら正当防衛以外の何物でもないだろう。
だんだん腹が立ってきた頃、留置所の部屋の前に複数の人間が立ち止まる気配を感じた。
「矢巻総一、出ろ」
留置所の扉が開けられて、引きずり出される。僕はまだ治り切っていない左手首を庇いつつ、抵抗の意志があると思われないよう、おとなしく従った。
じっとしている間は感じなかったが、物凄く腹が減っている。
窓も無い部屋で時間もわからないまま過ごしていたが、かなり長時間拘束されていたようだ。
「変な真似をしようと考えるんじゃないぞ」
パンチパーマにスーツを着崩した、どこからどう見てもヤクザにしか見えない年嵩の男が、聞いているだけで不愉快になるだみ声で脅しつける。
「こいつ、完全にビビってやがりますぜ。おいこら、ションベン漏らすなよ、クソガキ」
前髪をツンツンに固めた、やっぱり下品なスーツの着こなしの若い男がヘラヘラ笑いながら僕の頭を小突く。
こっちは舎弟のチンピラってとこだろうか。
グールズバーグに来てから、あまりこういう種類の人間とは付き合いが無かったせいで、確かにビビっている。
いや、日本にいた頃から警察ともヤクザとも無縁な生活を送っていたのだ。
「ほら、僕ちゃん、これから楽しい取り調べだからね。逆らったりしたら生きてここを出られないよ」
小太りの眼鏡の男がニタニタと笑いながら言う。
大昔の警察はこんな感じで、被疑者を脅したり痛め付けたりしていたという話をどこかで聞いたような気がする。
僕はすっかり暗い気持ちになった。
「さて、お楽しみの始まりだ」
背中をどやしつけられて殺風景な部屋に通される。
テーブルと数脚のパイプ椅子があるだけの部屋だ。
「座れ」
パイプ椅子の一つに腰掛けると、一旦手錠を外されて、椅子のパイプに掛け直された。
「さて、この調書に黙ってサインして拇印を押せば協力的な態度が認められて死刑にはならないかもしれないぞ」
目の前のテーブルに広げられた書類に目を通す。
ざっくりと要約すると『私は異世界から召喚されたものの、勇者にもなれず、真っ当に勇者を志している若者に嫉妬して殺しました』という内容だ。
さすがに呆れて物も言えない。
バーンと、取り調べ室に打撃音が響く。
「テメー、何黙っとるんじゃ! 黙秘権なんぞお前みたいなガキには百万年早いわ!」
髪の毛ツンツンのチンピラ風の男が竹刀でテーブルをひっぱたいたのだ。
この世界、元の世界にあった物は何でもあるんだな、と妙に冷静に竹刀で自分の肩をトントンと叩いている若い男を見上げた。
「なんだぁ、テメー、その反抗的な目は。潰して何も見られんようにしたろか?」
チンピラ風の男が凄む。
日本にいた頃の僕だったら、完全にビビってしまって調書にサインしたかもしれない。
だが、半年もこちらの世界にいて、何度も命のやり取りといってもおかしくない経験をしたせいか、なんだかコントを見ているような気分になってきていた。
きっとこの次はメガネで小太りの男が宥めに入って、気色悪い事を言うのだろう。
「まあまあ、目玉は残しといたほうがいいでしょ。抉り出して自分の瞳同士見つめ合う体験をさせてあげれば、きっと正直に何でも認める気になりますよ」
「お、おう。そうだな」
予想通りの展開に、僕はちょっと笑ってしまった。
気持ちが落ち着くと、周囲を見回す余裕も出てくる。
この取調室には小さいけれど、窓があった。
外側には鉄格子が嵌っているが、その格子と格子の間に、足を踏ん張った妙に胴の長いテディベアみたいなシルエットが浮かんでいる。
僕はホッとため息を吐いた。
「正当防衛を主張します。いきなり襲い掛かられて、抵抗していなかったら殺されていたのは僕の方でした」
背筋を伸ばしてハッキリと言う。
「あん? 正当防衛だぁ? そんな言い訳が通用すると思ってんのか?」
ヤクザ風の年嵩の男が唇を歪めて吐き捨てた。
「こんな取り調べしてるなんて、この国もとんだ野蛮人の未開国なんですね。正直、失望しました」
言ってやる。いくらでも言ってやる。
もう腹が立って仕方がない。
まあ、実はマサムネが探りに来てくれている事がわかって、妙に強気になったというのもあるのだけれど。
「おいこら、ガキがナメた口利くとどうなるかわかってんのか?」
丸っきり定番の脅し文句だ。
「弁護士入れてちゃんとお話しするのでしたら構いませんけどね。僕には仲間もいるし、こんな所で変死したなんて事になったらそれこそ警察機構自体がひっくり返る大事件になりますよ」
僕が殺される前にマサムネが伝えてくれれば、少なくとも探偵社の仲間たちは何か対策を講じてくれるだろう。
サジさんの所に駆け込んでくれれば、所詮イキがった民警など、準軍事組織の敵ではない。
虎の威を借るようでなんとなく後ろめたい気もするけれど、流石にこういう恫喝を平気で行う組織は叩き潰されて当然だ。
フッとため息を吐いてヤクザ風の男が両手を天井に向けるジェスチャーをした。
「意外とタフだな。ガキのくせに」
ガキのくせには余計だ、と言おうとした瞬間に取調室の扉がノックも無しに開かれ、制服警官が飛び込んできた。
「あ、あの死体が消えました!!」
ペース落ちていますが、天候不順とコロナ対応の変則出勤のせいです、きっと。
もう一本の方は更にゆっくりなペースになる見込みです。
そろそろ、第一部分の登場人物紹介も更新しないといけないなと思いつつ、手を付けていません。




