第十一話 社長、狼狽する
「きいゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああ~あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛」
守っている交通法規の方が少ないであろうバイクの後ろで、僕は心の底からこみ上げる恐怖を喉の奥から絞り出していた。
が、ライラちゃんは全く聞く耳持たない。
交差点では豪快にテールスライドさせ、ステップからは盛大に火花が散っている。
どんなマジックか運なのかわからないけれど、事務所に到着するまで一度も信号には引っかからなかった。
いや、単に無視しただけなのかもしれない。
多分グールズバーグの街中での最速記録で事務所のガレージに送り届けられた僕は、まるで軟体動物のように足腰が立たなくなっていた。
座り込んでいる僕の腰椎の辺りをライラちゃんが蹴る。
無様に顔面から床に倒れ込んだが、何故か動けるようになった。
「社長! 山本さんが壊れたの!」
いや、僕も壊れてるし。
ポンコがタヌキの姿で駆け寄ってきた。あまりに慌て過ぎて、人に化けるのも忘れているようだ。
ライラちゃんがポンコを抱き上げ、僕の手を引っ張って事務室に入る。
山本さんは椅子の背凭れに体を預けたままピクリとも動かない。
「山本さ~ん。お~い」
呼び掛けにも全く反応しない。
海外の刑事ドラマでよく見る要領で、山本さんの喉元に手を当ててみる。ひんやりしているし、呼吸も脈も感じられない。
いや、アンドロイドだから当たり前なのかもしれないけれど、普通に活動している時にはちゃんと呼吸していた気がする。
前に握手した時には体温だって人並みだったはずだ。
「し、死んでる……」
頭の中が真っ白だ。
山のように仕事を押し付けたのは僕だし、健康管理もちゃんとしていなかった。
従業員を過労死させたブラック企業社長として、この後の人生ずっと生きていかなきゃならないんだろうか……。
「どうしよう。どうしよう……」
オロオロと狼狽えてポンコを抱き上げモフりまくるが効果なしだ。
過呼吸のせいか、視界が白く霞んでくる。
「落ち着け! ヤマキ」
細い腕が僕の首に絡んだ。猛烈な力で締め上げられて、ホワイトアウトし掛かっていた視界が今度はブラックアウトし始める。
僕が「落ちる」寸前でライラちゃんは腕を緩めてくれた。
「この人、ロボットでしょ。トリセツ読もうよ」
ライラちゃんが言うには、首都警の隊員にもアンドロイドはいるらしく、たまに訓練中に壊れたりするらしい。
「そ、そうだよな。うん」
僕は山本さんの黒い革の鞄を開けてみた。中には薄いコピー用紙の束と、血圧計のような装置が入っている。
「えーと、完全に反応が無い場合は……診断装置のベルトを首に巻いてスイッチを入れてください……と」
マニュアルに書かれている通りの操作をしてみるが、反応が無い。
「どうしよう。こっちも死んじゃってるよ」
とりあえず診断装置のボックスをガシガシと振ってみる。
反応なし。
ライラちゃんが手刀でチョップ。
反応なし。
装置の排熱口とおぼしきスリットにふーふーと息を吹き掛けてみる。
反応なし。
服でこすってみる。
反応……。
『ばっかもーん。なにを昭和の日本人みたいな事しとるか! 今すぐ行くから首を洗って待っとけ!!』
突然、だみ声で診断装置のボックスが喋りだした。
僕は驚いて装置を取り落とす。
山本さんの首に巻かれたベルトから伸びるケーブルでボックスがぶらーんとぶら下がる。
なんか、ビジュアル的に物凄くマズい。
もうめちゃくちゃ首吊死体を引き摺り下ろしてきた感じだ。
やばい、やばい……。
頭を抱えていると、ズドン、ドロロロン、ズドンという丸っきり騒音規制無視の排気音が近付いてきた。
一台だけじゃない。少なくとも4、5台はいるだろう。
バイクの音は耳を聾する程に大きくなり、ガレージの中まで入ってきて止まった。
事務室のドアが破城槌でも使ったかのような勢いでノックされる。
「おう、ここかい?」
返事を待たずに開けられた戸口には、革のベスト、サングラスにボウボウのヒゲ、ぶっとい腕は何だかわからない刺青だらけ、そして身長はライラちゃんと変わらないが、体重は数倍ありそうな男たちが立っていた。
ドワーフだ!
わりと核心に触れる話になるはずでしたが、長くなりそうなので分割します。




