第一話 不良社員、不祥事を起こす
第二章開始です。
「お前らは繁殖しないのか? せっかく適齢期のオスとメスがいるのに勿体無い」
壁際まで追い詰められたクロが毛を逆立てながら聞く。話を逸らそうと必死なのはわかるが、全く逸れていない所が所詮動物だ。
「今はそんな話はしていないでしょ」
吉村さんが玉網を構えて一歩前に出る。
「オスが二匹で釣り合いが取れないなんて心配はしなくていいぞ。次の発情期に総一と交尾してその次に将也と交尾すればいい」
僕はちょっと動揺して一歩下がる。
「そこっ! 隙を見せない!!」
吉村さんから叱責が飛ぶ。僕は首をすくめて恐る恐る箱罠を構えた。クロは爪を剥き出しにして臨戦態勢だ。
「前に仕事で探したミケちゃん、黒くて手袋のある子猫ちゃんをいっぱい産んだってさ」
吉村さんが怖い。
三ヶ月くらい前に請け負った猫探しは、さすが餅は餅屋という事もあり、人語を話して変身も出来るクロによってあっという間に解決した。
そこまでは良かったのだが、ミケの飼い主からクレームの電話が入ったのが今朝。
「クロネコなんて一杯いるじゃないですか。ほら、お向かいさんの猫も黒いし、ここは魔法の国ですよ。使い魔の猫は大抵黒猫でしょ?」
往生際が悪い。
「『ママ』とか『おっぱい』とか話す黒猫がそうそう居てたまるもんですか! あなたの仔でしょ!?」
怖い。滅茶苦茶怖い。もし彼女と繁殖行為を行なったりして、半端な態度を見せたりしたらどんな事になる事やら……。
「それは……、きっと魔法の国だからそういう事もいっぱいありまして……」
爪が引っ込んだ。白神がすかさずロープを投げてクロの首に引っ掛ける。驚いて逃げようとするが、所詮猫の力だ。ジタバタ藻掻くがグイグイと引き寄せられていく。
「矢巻くん!」
吉村さんの合図で僕は箱罠を逃げようとするクロの顔の前に置いた。白神がロープを持つ手を離した。勢い余ったクロはスッポリと罠の中に飛び込み、踏み板を踏んでしまう。
ガッシャーーーンという金属音が響き、罠の扉が閉まる。
「酷い! 人権侵害だ! 超ブラック企業だ!!」
ガシガシと金網を引っ掻いてクロが抗議する。確かにこの世界ではクロにも人権? がある。しかし、権利があるという事は普通の人間同様に果たすべき義務もあるわけで……。
「お客さんを妊娠させて逃げようとする従業員にそんな事言われてもねえ……」
言いたい事は吉村さんが言ってくれた。クロはガックリと肩を落とす。いや、猫の肩ってどこだ!?
「観念しなさい!」
ついに諦めたのか、クロは箱罠の中で丸くなった。
「ポンコ~留守番頼んだぞ」
四人乗りの大型ATVの後部座席から白神が事務室の方に向かって声を掛けた。たしかに人間に変身できないマサムネではちょっと荷が重いし、アルは龍の里のお祭りだとかで実家に帰っている。
「はーい。あたしとマサムネで何とかするけど、緊急の場合には電話するから」
事務室とガレージの間の扉を開けて、狸耳のなごみ系少女の姿でポンコが応える。マサムネは……ガレージの端で何かを追い掛けていた。ネズミだったら嫌なので後で確認しよう。付箋紙に『ネズミ』『マサムネ』と書いてスマホの裏に貼る。
「じゃあ、行こうか」
僕はATVのアクセルを踏み、ガレージを出る。季節としてはもう秋になろうとしているが、まだまだ暑い。エアコンが無い上にフルオープンのATVを選んだのは失敗だったかと思ったが、スピードを上げれば走行風が爽やかだ。
「ジェイソンさんちってナビに入ってたよね」
助手席の吉村さんがカーナビを操作する。猫探しの依頼者だったジェイソンさんの家はすぐに出てきたようだ。
「はぁ~、気が重い」
僕はため息をついた。この歳で、従業員のやらかした不始末を謝罪しに行く社長の立場を味わえるとは思ってもみなかった。日本にいた頃は記者会見で頭を下げる偉いさんを見て、「何もせずに謝っていれば済む楽な仕事だ」なんて思っていたけど、とんでもない。
胃がキリキリと痛み出した。そんな僕の顔色に気付いたのか、吉村さんがスッと手を伸ばし、ナビの横にあるオートパイロットのスイッチを入れてくれた。
おっぱい大きい人がオーパイのスイッチ。くだらない連想で笑いが漏れる。ちょっとだけ気分が楽になった。
「大丈夫? 浮かない顔してたと思ったら笑い出したりして。カウンセリングの予約しとく?」
「いや、滅茶苦茶気分が滅入ってたんだけど、不祥事起こした会社の偉いさんが頭下げた勢いでバーコードがスダレになる所思い浮かべてちょっとウケた」
全部本当の事を言ったら殴られそうなので、半分だけ正直に言う。
「ならいいけど、流石にもう一回転生してレプティリアンだらけの世界に行くとか嫌だからね。オーパイのまま寝てて」
オーパイとおっぱいがツボに入ったままだったので、グヒッという変な声が出たが、僕は頷いてアクセルとハンドルを離す。
怪訝そうな表情の吉村さんと視線を合わせないように、僕は帽子を顔に被せて目を閉じた。




