第二十九話 グールズバーグへようこそ
僕は掲げられた看板を見上げた。季節はすっかり夏へと変わっている。新品の看板に反射する日差しが眩しい。
『YSY探偵社』
安直なネーミングだが悪くない。
この世界で地球の英文字は日本でのキリル文字くらいの扱いだ。読める人はそれなりに読めるし、何となくフィーリングで感じ取ってくれる人も多い。
僕たちが転生してきたグールズバーグの首都であり王都とも呼ばれるロストックの街では、意外となんでも屋、便利屋といった仕事の需要が多いらしい。
いわゆる隙間産業ではあるが、この世界をまだ良く知らない僕たちが始めるのであれば、下手に仕事を選ばないほうがいいだろう。
一人ひとりがそれぞれ職安で仕事を受けてもいいのだが、法人化しておいたほうが労災保険の加入なんかが面倒でなくて良い。
「看板、ズレてない?」
吉村さんが首を傾げる。
クロが水平儀を咥えて倉庫の扉横をひょいひょいと登ってゆく。看板の天辺に置いた水平儀を双眼鏡で見るとたしかにちょっとだけズレている。
「まあ、適当でいいんじゃね?」
倉庫の屋根から白神が言った。そう言う割にはデカいハンマーの柄にロープを結んで待ち構えている。
クロが水平儀を咥えて退避させると、白神はハンマーをロープで吊り下げ、看板の上がっている側の固定部分にコツコツと数回当てた。
「こんなもんかな?」
雑なやり方だが、クロがもう一度水平儀を当てると完璧に真っ直ぐになっていた。
「おっけー」
僕はハンドサインを送る。
白神はわざわざ屋根の一番高いところから跳躍し、僕たちの前でスーパーヒーロー着地を決めた。
物凄く膝に悪そうだ。
首都警の空き部屋を追い出されてから三ヶ月半、街の中心部に近い職安併設の宿舎に寝泊まりしながら、やっと作り上げた僕たちの城だ。
前の住人がある程度住居としても使えるように改築していたとはいえ、本格的に住むには心許ない大型の倉庫を皆の意見も取り入れてリフォームしたのだ。
一階はガレージ兼事務所、二階が居住スペースになっている。ガレージと居住スペースは繋がっているが、事務所の入り口は別に設けてプライバシーの確保も万全だ。
ガレージには既に社用車としてバンが一台とナンバー付きのATV、そして二〇〇ccのオフロードバイクが置いてある。
運転に関してはマサムネとアル以外全員が免許を取得してあるから完璧だ。残念ながらマサムネはまだ人間に変身できないし、アルは安定した人間形態が五歳児なので物理的に身長が足りず、しばらく運転はお預けになる見込みだ。
リモコン式の電動シャッターのスイッチを押す。
倉庫の入口のシャッターがゆっくりと巻き上げられてゆく。
テンションが上がる。
調子に乗って巻き上げスピードを上げてみたら結構五月蝿い。慌てて元の速度に戻した。
「おう! やっとるな」
振り向くとサジさんがジープみたいな車から降りてくるところだった。運転席からフジヤマ中佐も手を振っている。
後部座席からライラが飛び降りると、動物たちが駆け寄っていった。
「まずは、第一歩だな」
サジさんの言葉に僕は頷いた。
「この街、いや、この世界は俺たちみたいに元の世界で死んだり、死んだも同然の人間が深く関わることによって発展を続けている。新しい知識を持ってくる奴も歓迎するがそれだけじゃない。常に異分子を取り込む事によって社会が若さを保ち続けているんだ。この世界が屍食鬼の街って呼ばれているもう一つの理由だ」
僕はもう一度頷く。この活気溢れる世界を回し続ける役割を噛み締めつつ。
「でだな、祝儀代わりと言っちゃ何だが、職安にもまだ出していない取れたてホヤホヤの依頼を持ってきたぞ。遠慮せずにキリキリ働け」
サジさんが胸のポケットを叩くと僕のスマホが振動する。
画面を見ると結構美味しい=難易度の高い仕事がいくつも並んでいる。
「マジっすか」
白神と吉村さんも画面を覗き込んでくる。
「じゃあ、俺は非番なんでそろそろ帰るわ」
いつの間にか手の中に出現させたビールのボトルを一口煽ってサジさんは車に戻ってゆく。が、数歩進んだところで振り返った。
「これでお前らも晴れてこの世界の一員だ。改めて言おう。グールズバーグへようこそ」
ここまでで第一部完です。
続きは脳内プロットの整理中なのでちょっと間が空きますが、番外編的な物をちょこちょこと上げていきたいと思います。




